カムイカラ・ウェニ

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あれは妙な男だ。 話題になった「拾いモノ」の印象を述べるなら、その一言で済む。 ノユクにも告げた通り、物心付いた子供ですら知っていることを知らず、質問がかなり突飛である。 しかし、では頭が悪いのか、物覚えが悪いのかと言われれば、言動の端々を見ている限りそうでもないと感じる。 例えば、あの男は生き物の生命線であるはずの、水の入手方法を知らなかった。 水の乏しい砂の海に生きる者なら、どんな貧しい人間でも、どんな辺境の人間でも知っていることだ。 砂海近辺の生まれでないとしても、砂海までたどり着く過程で確実に知るはずのこと。 それを知らない、などと言われた時には正気を疑ったが、本人はそんな視線にも慣れているようにへらりと笑っていた。 「御免ね、知らなくて。悪いけど教えてくれる?」 「今までよく生きてこれたな」 「なんとかね。幸運に恵まれて」 ――どんな幸運に恵まれたら、自分で水を入手せずに生きれるのだろうか。 エラルは考えたが、考え付いたどの可能性であっても、やはりこれを知らずに砂海付近で生活するのは無理があると結論付けた。 実はかなり上流階級の人間で全て召使がやっていた、と言う場合でも、水の入手方法は流石に教えられる。 拾ったときは見慣れぬ風体をしていたことから旅人と考えて、砂海付近では宿に泊まらず全て他者から水を買っていたとしても、そもそも、この辺りで水そのものを売る水売りなどほとんどいない。 見渡す限り砂だけに見える砂海だが、実際は「島」と呼ばれる旅人や隊商の寄港地、水源の確保されたオアシスが点在している。 しかしその「島」の泉だけに頼っては、この国の住人たちに水を行き渡らせることなど出来はしない。 更に、「島」同士が遠い場合は、途中にも休憩地が欲しいと思うのが人情である。 水源がないからと諦めてしまっては、流通の巡りの妨げにしかならない。 そこでこの国では、住まう土地に不足している水を、水の豊富な他国から購入している。 購入先は河川と湖の国と呼ばれる遠き彼方、日縹(ヒヒョウ)国。 貨幣価値が違うかの国との商売で、対価として渡しているのはこの国の砂だ。 あちらに有り余っている水と、こちらに有り余っている砂を交換するような契約である。 貴重な水の対価になることで判る通り、この国の面積の大半を埋め尽くす砂海を形成している砂は、ただの砂ではない。 と言うより砂海の砂は、砂のように見えて実は砂ではなく、この国でライラと呼ばれるエネルギーの凝固した結晶であり、一粒の正式名称をエライライと言う。 このエライライは優秀なエネルギー源で、ほんのちょっとした細工をするだけで、様々な道具の動力源として使用できるのである。 なお、エラルがマキを助けた際などのように、砂船で砂海を移動出来るのもこのライラ使用によるものだ。 ライラやエライライについての詳細は未だ研究中ではあるが、砂海は宝の山と言っても過言ではなかった。 もちろん、ただエライライを持ち出しただけでは使えないよう、エライライからライラを抽出する「ちょっとした細工」はこの国――カムイカラの国家機密となっている。 その宝と、生きる糧たる水。 等価の量を決めるにも交換方法を決めるのにも紆余曲折はあったものの、それも今は昔の話。 現在では国民の誰もが、当たり前のように日縹から水を引き出して生活している。 こちらの砂――エライライはともかく、水は運び辛く保存し辛い物質だ。 遥か遠い地にある日縹からこの国まで普通に水を運んだら、大きな壺や樽になみなみ注いでいたとしても、砂海に辿り着く頃には蒸発して半分以下になっているか、腐って飲めなくなっているだろう。 そこでカムイカラと日縹はお互い技術者を出し合い、遠隔地にある水とエライライを互いに転送し交換する道具を開発した。 カムイカラでは「ワッカイルル」、日縹では「翼水砂器(ヨクスイサキ)」と呼ばれるその道具が、砂海で生きる民の生命線である。 この契約は双方の国に利のある契約ではあるが、エライライがなくても一応はどうにかなる日縹と水がなければ死活問題のカムイカラでは立場が違う。 物質転送に必要なエネルギーはライラを使用しており、この道具の「使用費」については全面的にカムイカラ持ちである。 そのためカムイカラ政府は今でも技術者たちに報奨金などで発破を掛け、より少ないエネルギーでワッカイルルを使用可能にする改善を促進しており、少なくない技術者が日夜研究を行っている。 また、街で商人から水を購入する場合と住居や店舗などを構えて備え付けた場合では多少形状や使い方が違う。 これは1回、もしくは数回だけの使い捨てか、ある程度長い間使用するかの違いである。 つまりカムイカラ国では基本的に、水を購入した場合金銭と交換で差し出されるのは水そのものではなく、使い捨てタイプのワッカイルルになる、と言うことだ。 そしてマキは、このワッカイルルの使い方を知らなかった。 確かに飲食店などでは従業員がワッカイルルから水差しに水を満たしてその水差しからグラスに水が注がれるし、砂海に疎い世間知らずを鴨にするために水そのものを売る悪徳商人も居ないとは言わない。 だが、マキが行き倒れていた辺りまで旅を続けてずっと、常に悪徳商人に騙され続けるなんてことがあるのだろうか。 普通人間は、水がなければ生きていけない。 旅の準備をするにしても、かなり重要視して準備を行うはずなのだ。 ワッカイルルはエライライさえあればかなり利便性が高い道具なので、周辺国にも一部普及している。 少し調べれば、すぐにその存在に気付けるだろう。 あとは彼が「普通の人間」でない可能性も一応は考えられるが、もしもマキが水がなくても生きていける化け物の類なら、砂海で生き倒れたりはしないだろう。 助けた際は本気で瀕死に見えたし、今現在、屋敷で生活しているのを見ていても水がなくて生きていけるようには見えない。 それを言えば、そもそも砂海に船もなくその身一つで居たことも常識的には可笑しなことではある。 ただこちらに関しては、船以外の移動手段を使う種族も居なくはないし、砂嵐などの理由で船が壊れたなどの理由が考えられるため、そこまで有り得ないことではない。 ワッカイルルの使用法を知らないことと比べれば、些細な違和感だ。 この国に居て今まで水を出したことがない、というのは、常識知らず、箱入り、そんな言葉を遥かに逸脱している。 異常だった。
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