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Prolog
じりじりと容赦なく地面を炙る灼熱。
瞳に映る歪みは陽炎の揺らめきなのか、それともただの脱水症状による視界不良なのか。
広大に過ぎる、見渡す限りの砂海。
嵐の日に反り立って動かなくなった波の如く規則性なく乱立する砂山が作る日陰ともいえない日陰に辛うじて避難した、矮小な人間の姿が1つ。
見ればわかる。
紛れもなく、死に体だった。
「あー……ヤっバいなぁー……」
ぽつり、と呟いた声も掠れ、力がない。
砂まみれで力の抜けた四肢に、カサカサに乾いた肌と唇。
背を砂山に凭れ掛けて座っているのすらも億劫だ、と伝わってくるような生気の無さ。
唯一ゆるやかに上下する胸だけが、その男がまだ生きていると確信できる動きだった。
最早独り言を言う気力も尽きてきた行き倒れの男は、朦朧とした意識の中で、それでも思う。
まだ、死にたくない。
まだ、死ねない。
助かる算段も思いつかず、体力は尽きかけている。
それでも、そう思った。
そんな状況ではないとわかっていながら、男は小さく笑う。
生き汚いなと、心の中で自嘲した。
けれど、彼には諦められない理由があった。
どうしても、成し得なければならない目的があった。
──そう。そのために、男は自分の命を危ぶませながら、こんなところに居るのだから。
こんなところで、死んでいるわけにはいかない。
意志は迷いなく決まっている。
だが、具体的にこの窮地を脱する方法はと聞かれれば、何もない、と言うのが無情な答えだった。
「……確かに、契約にも、あったけど」
コレはナイでしょ。
誰に向けてかわからない恨み言を、口の中で呟く。
そしてそのまま、男の意識は闇に呑まれた。
その数秒後。
男の右手の下にあった、ほとんど何も書かれていない砂まみれの白く滑らかな薄い紙が、音もなく、その場から消え失せた。
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