数えることのない一段

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 わたしは永いこと、そんなことを忘れていた。  石段のことだけじゃない。神社跡であんなにも幸せを感じていた子供時代、その地方都市での生活の全体を、丸ごと、振り返ることがなくなっていた。  東京は、わたしにとって、ほんとうにまったく、予想外に、過ごしやすい場所だったのだ。  例外的に人の目から隠れることのできる「恵みの場所」としてのどこかを探すまでもなく、わたしは透明人間であることができた。  黙ってパソコンに向かって作業していれば、文句をつけてくる人もそんなにいない。ふと気になった光景や、好きな作品の話をツイッターに書いていると、いつのまにか「いいね」をやりとりする人たちができ、日常の重荷を押し付け合わずに、距離の中で共感を分け合うことができた。間違ってオフ会なんかに出てしまったこともあるけれど、ぎくしゃくした会話になってしまったりしても、リセットも簡単。  職場や飲み場で嫌なことがあっても、一晩漫画喫茶に泊まってだらだらしていたら、気持ちは切り替わっている。  誰かに関わらずにすむように動くことも、都会ではずっと簡単で、それを罪のように感じる必要もないのだ。
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