第四章 青空は満開の桜の上 四

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 本村の家には、室内に階段もあり、寝室が上にあった。階段を登ろうとしていると、本村の手元から悲鳴が聞こえていた。何か事件なのかと立ち止まると、次に声が聞こえて、危ないから階段を登らせないようにと叫んでいた。 「あれこれ、制限が多いな……」  このくらいの年齢ならば、階段くらい登れるだろう。でも、本村が来ると、俺の服を持って持ち上げた。すると、又、叱られてしまった。 『しっかりと抱えなさい!服で持ち上げるとか、あり得ないでしょう!』 「はいはい」  本村は顔をしかめると、俺を小脇に抱えた。すると、又叱られてしまった。 『荷物ではないでしょ!ちゃんと抱き上げなさい!』  俺は荷物でもいいのだが、そうもいかないらしい。本村は通信を切ろうとしていたが、切ってもすぐに接続してきた。端末の操作は、純花の方が上のようだ。本村はにこやかに優雅に行動していたが、純花から又文句を言われそうになると、電話を階段の上に投げてしまっていた。  本村は見た目に反して、結構、短気であった。本村が俺を投げるように持ったので、身構えていると普通に持ち直した。 「……投げたいけど、壊れそうだ」 「壊れるではなくて、死ぬ方だよね」  俺は本村の支え方が下手なので、ふらついてしまい腕にしがみついた。すると、本村は少し驚いたように目を見開くと、暫し考え込んでしっかりと抱き込んできた。 「こんな感じだったかな……姪っ子しか抱き上げた事がないからね」 「そうね、結構上手だよ」  しっかりと支えられていると、安心して眠くなる。でも、必死に目を見開いていると、本村が笑っていた。 「必死にしがみつかれるのも、泣きそうな顔も悪くないけどね……」  もう一つ忘れていたが、本村は少しサドで、人が困っていると楽しんでいる面があった。でも、根はいい奴なのだと思いたい。本村が階段を登ってゆくと、空が開けたような感じがした。 「あ、天井がガラスなのか……」  やっと寝室に行くと、まるでガラスの箱で温室のような雰囲気であったが、中央にベッドがあった。植物で満たされ部屋は、ここがマンションだという事を忘れさせる。何を植えているのかと見てみると、人参が植えられていた。 「野菜なのか……」 「朝食のサラダ用だね」  人参の葉の横をすり抜けて、ガラスの窓の横に行くと、下までガラスなので地上がよく見えた。古木の桜の他に、満開の桜が幾本もあって、そこだけピンクに染めている。下からの花見はよくしたが、上からの花見はした事が無かった。花びらは、ここまで散って来ないが、匂いはここまで届いているような気がした。 「髪も真っ白か……肌も白になったな。でも、目の色だけ、前と一緒なのか……」  それは澤田のこだわりで、目だけ元のように再現されたのだ。元の俺は、ちゃんと色があった。  床に転がっている携帯電話が、音を立ててゆれていて、こちらに近寄ってくるような気がする。でも、本村は花を見るでもなく、電話を見るでもなく、俺の姿を眺めていた。 「夏目を可愛いと思うなど、死んでも無いと思っていたけど、これは困るな……見た目は、天使にしか見えない。しかも、例えの天使ではなくて、本物の天使に見える」  天使は、死んでから見るもののような気がする。
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