ゆめ1

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ゆめ1

 先生は、わたしが、内藤さんのことを好きだと思い込んでいる。  どうして、そう思っているのかなんて、わからない。  だって、最初からありえない取引だった。  それでものったのは、少しでも先生の気をひきたかったから。    先生のことは、出会った時から好き。  どこがと訊かれてもこたえられない。  だいたい、説明できる程度の好きは、好きじゃない。  人の物であろうと、関係なく欲しくなるのが、本当の好き。  そう、先生には奥さんがいる。  先生より十五歳も下で、わたしと歳のかわらない奥さんがいる。  顔は知らない。  同じ研究室の人が、綺麗な人だったと言っていた。  だけど、関係ない。  わたしの方が先生を愛している。  絶対にそう。  昨日、先生の個室へ呼ばれた。  本でぎっしり埋め尽くされた部屋の奥に、先生はいる。  先生は、部屋にほとんど人を入れない。  質問をしにきた生徒も、実験室など別室へ移動して話を聞く。  珍しいので、本当に驚いた。  ようやく気づいてもらえたのかと期待した。 「野田さん、君は内藤さんとは懇意にしてるね」    質問をされた。 「はい、まあ、学生時代からの仲なので……」 「君は、彼の将来を応援する気はないかな?」 「もちろん、応援したいです」  性別は違えど同じ分野の研究者同士、ライバルだ。本当は応援なんかしていない。  先生に好感をもってもらいたかっただけ。 「君が、僕のプライベートな実験に協力してくれるなら、彼をドイツへの派遣に推薦してあげても良いかなと考えてるんだ」 「ドイツですか……」  研究者としてはわたしも行きたい。だけど先生と離れるのは嫌。  わたしはプライベートな実験の内容を確認せずに承諾した。  プライベートな実験。  手伝えば、確実に先生と過ごす時間が増える。  休みの日にも会えるかもしれない。 「君は、そんなに内藤君を愛してるんだね」  違う。  だけど、違うと言えば、実験の手伝いがなくなるかもしれない。 「早速、始めたいから、明日の夜八時頃、ここへ来てくれないか」 「わかりました」  八時にもなれば、だいぶ人も少なくなる。 「君は、内藤君のような、寡黙なタイプが好みなんだよね」  内藤君のようなではない。先生のような寡黙なタイプが好きなのだ。 「わかった。探しておこう」  その時、先生が何を言いたいのか、もう少し考えるべきだった。  わたしは、先生と特別な時間を過ごせると思って、何も気にしなかった。  特別な時間なのは、間違いじゃなかった。
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