春の章④

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春の章④

03  ミライの言葉を聞いて思わず質問を返してしまう。 「それは急な異動、ということでしょうか」  場所は自室。とはいってもあるのはスリープ用のベッドだけであとは壁も床も天井も、すべてが完全な白に染められた無機質な部屋だ。決して広くはないが、特型とはいえ自動人形であるワタシに部屋があてがわれていることはおそらくあまり多くないケースだろう。  …といっても任務を終え、待機状態の時以外はあまり部屋にはいないですが。  今回も一つの大きな任務を終え、自室に戻った矢先にミライが訪ねてきた。そして何の前置きもなく、実に機械的に「あなたには別の任務を与えます」と切り出してきたのだ。  確かに一つ、自分の任務を終えてきたところだがそれ以外にも通常の業務はある。それに何か新しい任務を与えられるなんて予定はなかったはずだ。   …さて、今までの自分の仕事に何か問題でもあったでしょうか。  自分に与えられてきた任務は常にパーフェクトにこなしてきたはずだと、視線を相手に合わせたまま記憶領域のアーカイブを検索する。 「いいえ、そうではありません。code.0124、これは任務完了に伴う再配置です。今日まで私たちの都市に潜伏していた密入国者の摘発と制圧の現場指揮任務お疲れ様でした。今回その功績が評価され、「お母様」を含め政府から特別任務がcode.0124、あなた個人に与えられることになりました。」  幼い少女の姿からはとても似つかわない機械的な冷たい言葉が発せられる。声音そのものは少女のそれだ。しかしその抑揚のなさ、無機質で何の思考も読み取ることができない話し方と表情は視覚情報によるこの自動人形の少女の容姿から得られる予測と大きく乖離している。  そんないい加減見慣れた違和感を思考領域から切り離しつつ、必要な情報を得るために話を進める。ひとつの空間内で自分の上位に当たる個体と二人きりというのはいくら感情のない私たち自動人形でも決して居心地のいいものではない。 「それでは今の所属とは離れた職務が与えられるということでしょうか?」   小さな不安がよぎる。今の所属、治安維持部門はそれなりに高い能力と結果を要求される場所だ。そこに所属するのはいわばエリートである。それ故に常に最新型の自動人形が導入されてきた現場だ。そんな場所で結果を残し続けたことは、徐々に旧式と呼ばれるようになってきた世代のワタシにとって誇りであり、存在意義といえよう。そのためそんな場所からの異動を告げられると嫌でも世代交代、そしてそう遠くない将来の廃棄処分という未来を考えずにはいられない。  処分されることに対して何かしらの拒否反応があるわけではない。ワタシたち自動人形にとって廃棄処分というのは決して珍しいことではないからだ。もちろん旧式のボディに替えて、最新式のボディにブラックボックスを移植できるというのならばそれに越したことはないが。  …いえ、むしろ役割を終え、公式に処分されるだけでも、ワタシたちのようなモノにとっては十分過ぎる結末と言えるでしょう。しかし今この場で思考しているワタシという主体が消えてしまうとう仮定はどうも内部で処理不良を起こしているようです。その状況をうまく想定することができません。自分のこの思考が消滅する可能性を事実として認識することはできても、それを一つの実感として想定することができません。なぜ?ワタシが認識できない仮定の話は想定不可能ということでしょうか。  あとで一度情報処理機能の検査を受けてみる必要があるかもしれない。  そんなことを頭の隅で思考していると抑揚のない声が空気を揺らす。 「ええ、そういうことになります。今回、あなたにはある人物の元へ向かってもらいます。遠見奏多、我々にとって現在最重要人物になりうるかもしれない人間です。あなたには彼女の身辺警護、および観察調査を行なっていただきます」  遠見奏多、聞き覚えのある名前です。そう考えながら公安データベースにアクセスし彼女に関する情報を瞬時に収集する。  なるほど、これはまたなかなか…。 「遠見奏多を反政府組織から保護、それと同時に彼女が我々にとって脅威となりうるのか観察し、判断しろ。ということでよろしいでしょうか?」  自らのブロンドの長髪を片耳にかけながら得られた情報から推測したことを答える。 「流石ですね、code.0124。理解が早くて助かります。しかし一つ訂正します。遠見奏多に判断を下すのはあなたではありません。あなたはただ観察して知り得た事実のみを詳細にワタシたちに報告するように。ワタシに伝わるその情報に基づいて「お母様」たちは判断を下すでしょう」 「了解しました。特型code.0124の新任務として設定します」  そういってcode.0124は頭を下げる。    ミライ、それが今相対している自動人形たちの総称だ。この少女の姿をした自動人形の正しい名称は政府直属管理執行用群体自動人形ミライ型という。その名にある「群体」という文字通りこの姿をしたミライと呼ばれる自動人形はコレだけではなくほかにも多数存在している。この点に関しては特型を除いた他の各種汎用型自動人形とも共通していることだ。  しかしミライたちはただの自動人形とは決定的に違う特性がある。それは彼女たちの容姿だけでなく、思考や経験といったもの、それら自体も完全に共有することができるという点だ。ミライたちの思考や経験はすべて互いのネットワーク上で共有することができる。それゆえにミライ型の個体のどれかが見聞きしたことはすべての個体の経験となるわけだ。  そんな彼女たちの役目は国内に散らばる自動人形たちの管理、そして彼女らのネットワークを介して伝わる政府など上層部の命令を私たち自動人形に言い渡すことだ。つまり彼女たちミライ型はいわば一体一体がネットワークの端末ということができる。要は政府の、そして何より「お母様」の手足だ。  そのため当然のことながら彼女たちの立場は他の自動人形とは全く違うものになっている。すべての自動人形が国の管理下に置かれているといっても民間に貸し出されているモノ、各官庁や地方ブロックの自治体に出向しているモノも多く存在している。しかし彼女たちミライ型はその正式名称の通り完全に政府直属の自動人形だ。それゆえに彼女たちの命令に従うのは何も私たち自動人形だけではない。国に使える国家公務員のような人間に対してであっても彼女たちの指令は非常に強い力を持つ。 …自動人形(私たち)に命令する人間に命令を出す自動人形(ミライたち)。なんともいびつな構造だ。  ミライたちが上層部の手足。彼女たちがそうだとするならば、私たちはそれに動かされる駒といったところだろうか。  改めて自分の立場を認識させられる。  特型自動人形といっても結局は他の汎用型自動人形と同じ駒でしかない。特型の開発も700番台に突入したというのはずいぶん前に聞いた話だ。ワタシのような100番代前半の特型なんて既に数えるほどしか残っていない。自分の代わりなんていくらでもいる、という事実は汎用型自動人形に限った話ではないということだ。  …なぜこのような悲観的な思考をしているのでしょうか。ワタシが一つの駒に過ぎないことなどワタシが製造されたその時からわかっていたことです。やはり思考回路のどこかになんらかの不具合が起きているようですね。早急に検査をしなければ。 「しかしミライ、公安のデータには遠見奏多が要警戒人物であるということしか記されていません。彼女のどこが問題で、監視の目的はいったい何なのでしょうか」  自分の思考を振り払うようにミライに尋ねた。 「それは純粋に任務完遂するために必要な質問ですか」  ミライの何の感情も宿らない瞳がまっすぐにこちらの目をとらえたまま彼女は質問を返してくる。まるで駒が必要以上の意思を持つ必要がないといわんばかりの拒絶がその言葉には含まれている。  先ほどまでの自分の悲観的で自動人形にふさわしくない思考まで読まれているような気がして思わず一歩後ずさる。 「え、ええ。対象を観察するうえでより詳細な相手の情報があった方がより効率的に任務を達成できる可能性が高いと思われます」  なぜだろう。ワタシは正しいことを言っているはずなのにそれを言うワタシ自身が自分の言った言葉を言い訳のように感じている。 「…正論ですね。いいでしょう、あなたにはもう少し詳細な情報を与えましょう」  ワタシの焦りなど感じ取れなかったのかミライは淡々と説明を始めた。 「といっても我々も遠見奏多について何らかの確証を得ているわけではありません。あくまで疑いの段階です。それゆえにあなたというより優秀な自動人形を監視につけるわけですから。それではまず遠見奏多がかつての争乱において反政府勢力の重要参考人であったという情報はあなたも認識できていますね」 「はい。それは公安のデータベースから確認しています」    
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