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かつての争乱。それは約四十年前、この国で発生した内乱だ。正式には「二十一世紀末争乱」と呼称されているが人々の間では「世紀末争乱」、「反人形争乱」、あるいはただ単純に「争乱」や「内乱」とも呼ばれることがある。この国ではそういった出来事が発生すること自体が歴史上、特に近代以降は珍しいことであり、この事件が「争乱」や「内乱」といった言葉の代名詞になっているのだ。
二十一世紀後半、この国である一人の人物によって従来のものとは比べ物にならない高性能な人工知能が開発された。やがて人工の肉体を持った人工知能、つまりワタシたち自動人形が開発されるとそれらは急速に社会に浸透していき、社会はその姿を大きく変化させていった。はじめは単純労働から、そして自動人形に関する技術が発展するにつれてその活躍の場を自動人形は広げていった。農業や工業、やがては警察や弁護士といった分野にまで自動人形は姿を見せるようになっていった。
しかし、民衆中にはは徐々にその時代の流れに反発をするような人間もでてくるようになる。やがて司法権や警察権といった国家の機能にかかわるものが人間の手から離れ行くと、そのことをきっかけに反発は表面化していった。
そして二〇九四年、一つの事件が起きた。それは治安維持用に配備されていた汎用型自動人形がデモ行進を行っていた一人の女性に重傷を負わせる、というものだった。当然自動人形は正当にデモをしている人間に対して攻撃をする権限など持ち合わせておらず一部の民衆は大きく反発し、その運動に火をつけた。
これに対して当時の政府は問題を起こした自動人形を分解調査し、認識系統に何らかの処理不良が発生していたと発表。しかし当然もはやそれだけで収まる状況ではすでになく、反政府的な運動は全国に散発的に展開されていき中には暴力的な行動を起こす人間も出てくるようになったのだ。
これらの運動に対して政府は最新の特型自動人形、さらにそれをもとに設計した量産可能の戦闘型自動人形を投入し、大きなけが人を出すことなくそれらを制圧することによって自動人形の安全性とその性能を国内外にアピールしていく。
この時点ではまだ内乱といえるほどの混乱は起こっておらず散発的な事件が起きるのみであった。
しかし二〇九七年、その情勢は一変する。
その年の春、政府は「人間の理想の社会建設計画」(ユートピア・プラン)を発表した。それはより自動人形を活用することによって人間が労働という呪縛から解放された社会、つまり現在のような社会を目指すというものだ。
政府は大量の自動人形を投入し全国的に土地改革を実施、全国に農業用地を拡大すると同時に、人間が住むための「完全環境対応都市」の建設をスタートした。しかしこの計画の中では半ば強制的に地方に住む多くの人間が自分たちの住む土地を追われ「都市」に移住することを余儀なくされた。
そんな中でそれまで燻っていた反政府運動が激化。各地の運動がやがて統合されていき組織を結成すると彼らは「人間解放戦線」を名乗りその年には武装蜂起、政府に対し徹底抗戦を宣言する。こうして二〇九七年の秋、十月十日に「二十一世紀末騒乱」は勃発した。
「あなたもすでに知っているようにあの争乱のなかで遠見奏多という人間が何らかの事件に直接関与したり、武力衝突にかかわったりしたという決定的な証拠は存在していません。それに何より彼女にそんな軍事的能力はないというのが我々政府側の見解です」
…それではなぜ彼女は反政府勢力の重要人物とされているのか。
「しかしあの争乱には一般的には公開されていない情報がいくつか存在しています。あなたはあの争乱がどのような経過をたどったのか把握していますか?」
「はい。反政府勢力は農地改革が図られていた地方に潜伏しゲリラ的な攻勢を行いながら反抗を行いました。しかしやがては自動人形の圧倒的な戦力によって二一〇〇年に壊滅し降伏した。というのが一般的に知られている事実です」
あの内乱において政府は「国民の血を流さないクリーンな戦い」というスローガンを掲げ人間の兵士は一切投入せず、その代わりに大量の自動人形を投入した。少なくとも反政府勢力の人間の血は流されているわけだからこのスローガンが正しくないことは少し考えれば明らかなのだが、彼ら反逆者の血は「国民の血」に含まれないということだろうか。そのため人々の中にはこのクリーンなスローガンに対して、反政府勢力の粘り強い反抗と泥沼の戦況を指して陰では「血を油で洗う戦い」と揶揄している者もいる。
「ええ、一般的な認識はそれであっているでしょう。しかし実際それは適切ではありません。記録において戦場は「自動人形対人間」という構図で展開されたとされています。ですがそれは事実ではないのです」
「それはまさか…、政府側の戦線に実は人間が投入されていたということでしょうか」
もしそれが事実だとすれば国民に対してはとても公表できないことであろう。政府が掲げていたスローガンが全くの嘘であったなど、とてもじゃないが国民に言えたことではない。
「いいえ、その予測は間違いです。いえ、むしろそうであったのならまだどれだけよかったでしょうか。しかし事実はそうではありません」
ミライはその口調と同じように淡々と首を振りながら話を進めた。
「政府側から自動人形しか投入されなかったというのは事実です。事実でないのは反政府勢力側、彼らの戦力が人間だけであったという点です」
「そ、それは…」
全く予測していなかった事実に思わず声が漏れる。
もしミライの言っていることが本当に事実だとしたら「人間解放戦線」に自動人形が参加していたということになる。
…果たしてそんなことがありうるのでしょうか。
この国に存在する自動人形はすべてこの国の管理下に置かれている。これはだれもが知っている常識だ。それはつまりこの国の意に反する行動する自動人形は絶対に存在しないということを意味している。
「当時、反政府勢力に自動人形が参加している、という情報が入ると政府は大きな混乱に襲われました」
驚きのあまり反応できないワタシをよそにミライは淡々と話しを進める。
「しかし冷静に考えて政府にとって二つの可能性しか存在しませんでした」
「…それはその自動人形たちが「既にあるこの国の自動人形を鹵獲して改造したモノ」なのか「全く新しく反政府勢力の人間の手によって製造されてモノ」なのか、という点ですね」
なんとか思考を働かせて話についていく。
しかし現実的に考えてその二つの可能性はどちらも非常に信じがたいことである。自動人形のいわゆるコア、人間でいう脳に当たる部分である「ブラックボックス」は政府の本当に一部の優れた科学者がなんとか扱うことのできる代物であり、一般人には手に余る不可侵の領域である。だからこそ彼らは自動人形を独占できているのだ。
もしそのブラックボックスを改造、それどころかまったく新しく作り出すことができる人間が他に存在するとしたらこの国の自動人形独占により成り立っている支配は成立しなくなってしまう。
そもそもそんな人間が存在しているとして、現在の政府の支配体制が何十年も盤石に続けられているというのは少々考えづらいことだ。
「はい、当時の政府もその二つの可能性を考慮しました。そして敵対行動をとっていた自動人形を何体か鹵獲し、それらの調査を試みました。その調査の中である一人の人物の名前が浮かび上がってきたのです」
「それが遠見奏多、なのですか?」
ミライは頷き、話を進める。
「まずは鹵獲した自動人形たちのボディを検査しました。するとその自動人形たちは一体残らず全てが政府によって製造された個体であるということが識別コードから判明しました」
…これで可能性は一つに絞られたわけだ。反政府勢力の人間たちは全く新しい自動人形を製造したわけではなかったのだ。
「ですがブラックボックスは彼らが見た限りでは大きな異常はみられませんでした。そこで政府の研究者はその自動人形たちに対して聞き取りを行いました。やり取りの中で自動人形たちの思考プログラムに何らかの致命的なバグがあるのを発見できるのではないかと考えたのです。しかしどんなに調べても自動人形たちの言動に論理的におかしい点はありませんでした。研究者たちは非常に困惑しました。自動人形を調べる限り何らそこに他の自動人形との違いを見つけることができなかったからです」
…話が見えてこない。
今のところ自動人形に異常が何ら存在しなかった、ということしか判明していない。確かにそれはそれで不思議なことではあるのだが、なぜそこから遠見奏多という人物につながるのだろうか。
「そんな中であることが発見されます。研究者たちは自動人形たちの言動を事細かに記録していました。一体一体の記録だけ取り上げてもそこには不思議な点はありません。しかしそれらすべてを比較したときある共通点が見いだされたのです」
ミライはそれぞれの自動人形の言動が記録されたホログラム・ウィンドウをいくつも宙に展開した。するとそれぞれのウィンドウから一つの共通の言葉が浮かび上がってくる。
「それが遠見奏多、ですか」
宙にいくつも浮いた遠見奏多という文字。それはすべての自動人形の記録に存在していた。まさかこれを偶然と片づけられる者は人間にも自動人形にも存在しないだろう。
「そうです。まず一つ目の共通点が彼女の存在です。これらの自動人形たちはそれ以前に必ずどこかでこの遠見奏多という人物に接触していたのです。そして共通点はこれだけではありません。彼らの言動を記録しなくてもわかる最大の、そして当然の共通点があります」
「…それは反政府勢力に加わったという点ですね」
それは当たり前のことだろう。そもそもの目的がそういった自動人形の調査なのだから。
「ええ、その通りです。そこで研究者たちは自動人形たちに問いました。「なぜ反政府勢力に加わったのか」と。そしてその質問に対する答えはどの自動人形もほとんど同じものでした。それは「反政府勢力に加わってはいけないという命令は受けていない」、そして「ワタシはより多くの人間を守るための判断を下した」というものです。確かにこの言動自体は論理的に何も問題はありません。我々政府側もすべての自動人形にたいして「反政府勢力に加わるな」という命令はわざわざ下していませんでしたし、自動人形が人間のために行動することは当たり前のことです。しかしそれでも彼らの行動は自動人形としておかしかった。普通ならば決して行わないないことをしました」
確かにその自動人形たちの行動に論理的な矛盾は存在しない。しかし、もしそれが正しいのならすべての自動人形が同じ行動をとったはずだ。
ではなぜ当時存在していたすべての自動人形たちはその行動をとらなかったのか?そんなことは簡単だ。人間、もっというならば「人類」という存在を考えたとき、その行動が不利益になるからだ。確かにわずかな人間の血は流れるかもしれない。しかしその犠牲を受け入れなければ人間のより理想的な社会の達成は不可能なのだ。その判断が自動人形にとって正しいものであるし、当然のものだ。
…理解できませんね。目の前の人間だけを助けることが自動人形の役目ではないでしょうに。
ワタシがその自動人形たちの理解不能な行動を想像している間もミライは話を進める。
「しかしその自動人形たちはその行動に至ってしまった。それはなぜなのか。当時の研究者たちにもわかりませんでした。しかしここである一つの仮定が浮かび上がります。それは、この遠見奏多という人物が我々にも解明できない「なにか」を自動人形に行い、それらの自動人形を変容させてしまったのではないか、というものです。こうして遠見奏多は一人の容疑者として調査されました。ですがどんなに調べても、いえ、むしろ調べれば調べるほど彼女がそういったことが可能な人物とは到底思えませんでした。彼女の経歴を見てみても平凡すぎるほどに平凡で自動人形に関する専門知識を得ることはおろか、大学にさえ通っていませんでした。一つ判明したことは彼女が「人間解放戦線」の中心人物と面識があったということだけです。しかし面識といっても学生時代同じ高等学校に通っていたというだけで決定的な証拠にはなりませんでした。そこで政府は彼女をあくまで「重要参考人」にとどめ、監視を置くだけとしたのです」
そういってミライは開いていたすべてのウィンドウを閉じた。遠見奏多に関する説明はこれですべてということなのだろう。
遠見奏多に関する情報はどれも驚くべきものばかりだ。現在世間に出回っている情報ではまるでテロリストの首謀者のような扱いだが、実のところただの平凡な人間である可能性のほうが高いではないか。しかし国家からしたらその可能性が一〇〇%ではないことが悩ましいのだろう。彼女がただの平凡な人間と断定することができるならばそれが一番であるのは間違いない。しかしそうするにはあまりにも残されたわずかな可能性が無視できないほどの重要なものなのだ。
正直分からないことだらけだ。まあそれを調べてくるのが任務なのだからミライたちもわからないことだらけなのは変わらないとは思うが。
「なるほど。遠見奏多という存在については理解できました。しかし何十年も監視していて何も出てこなかったのにワタシが護衛につきながら監視したところで見極めることは難しいのではないでしょうか」
思ったことを率直に伝える。正直ただの自動人形が考える必要はないことではある気がしたが言わずにはいられなかった。また何か小言を言われるかと思ったがその予想に反してミライは頷きながら口を開く。
「難しいことは理解しています。事実かどうかも定かではないことを証明するというのは何であっても難しいものです。ですから今回の任務は必ず成果を出さなければいけないという類のものではありません。遠見奏多の年齢と肉体の状況から彼女はそう長くはないでしょう。ですから最優先は最近活発化しているという情報のある反政府勢力に彼女を渡さないということなのは忘れないように。たとえ彼女が我々の知りえない「なにか」を持っていたとしてもそれが敵の手に渡らなければ問題はないのですから」
…まさに撒き餌ですね。
ミライの言葉を聞いてそう思わずにいられなかった。要は「暫定一般人」を反政府勢力にとって、さも価値のある存在であるかのように見せかけておびき出しているわけだ。もちろん遠見奏多がただの一般人ではない可能性も万に一つくらいはあるのでそのためのワタシなわけだが。
「任務の詳細は了解しました。直ちに遠見奏多のもとへ向かい任務に移ります」
これ以上はワタシが立ち入る必要はないと判断し、さっそく任務に取り掛かろうとする。
「待ちなさい、code.0124。遠見奏多の護衛につく自動人形はあなた一体だけではありません。最新の特型をさらに一体、あなたと合わせて二体でこの任務にあたってもらいます。新型のほうは現在起動後の検査を行っていてあと数日で終わる見込みです。それが終わり次第、ともに任務に移ってください」
…ワタシ一体だけではない?もう一体いる?しかも最新の特型が?
最後の最後にミライはとんでもなく重要な情報を明かしてきた。
正直最初に異動を命じられた時は自分の潮時か近づいているのかもしれないと思っていた。しかし任務の内容を聞いて、それが重要なものであり、功績を上げ続けてきた自分に回ってきた特別なものだと判断した時は誇らしさすら感じていたのだ。だがそれが最新の特型との共同任務となればまた話は変わってくる。普通に考えればワタシはその特型のサポートということだろう。つまり決してワタシだけに期待していたわけではないのだ。
…いえ、別にそのことに気付いたからといって何も変わることはありませんね。ただ任務完遂を目指すだけです。
「わかりました、それではその特型のサポートはお任せください」
なんとも形容しがたい感覚がボディを覆っていく。強いて言うなら自分の足元が崩れ去るような不安定さを感じる。
平衡感覚センサーにまで何か異常が発生しているのだろうか。検査項目がまた一つ増えてしまった。
自分の肉体もそろそろボロが見え始めてきたのかもしれない。
「いいえ、あなたは別にサポートというわけではありません。もちろん互いに協力して任務にあたることが望ましいですがあなたとその特型との間に上下関係のようなものは設けるつもりはありません」
ミライはワタシがなぜそんなことを言うのか理解できない、とでもいうかのように首をかしげていった。彼女のような作られた時から役割が決まっている存在にはわからないのだろうか。
「ですが客観的に判断して性能的に優れている個体を中心にして任務を進めるのは効率的なことではないのですか?」
「確かに普通ならそうでしょう。ですが今回の新型は純粋にスペックが他の特型に比べて高いかというとそういうわけではないのです」
「では何のための最新の特型なのですか?」
「今回の特型は設計段階から従来のそれとは根本的に違います。なのであなたたちと比べて特段何かに秀でているというわけではありません。そうですね、強いて言うなら同じ特型でも系統が違うといいましょうか、開発側の人間たちにとってもまた新しい試みなので試作段階という色合いが強いのです」
なるほど、確かにワタシが想定していたような超高性能な最新自動人形というわけではないようだ。
「しかし従来の自動人形とはどういったところが違うのですか?…もちろんこれは同じ任務を共同で遂行するものとしてパートナーの状態を正確に把握するための質問です」
…なんだかすこし質問が言い訳がましくなっている気がする。
「そうですね、詳細はミライのネットワークにも挙がってないので詳しくは伝えられないですが「お母様」からの情報によると「原点回帰」、というのが一つのテーマだそうです」
「…わかりました。それではその新型の準備が整い次第任務に移ります」
「よろしくお願いします、「お母様」や政府もこの任務には期待しているそうです。それでは任務伝達は以上になります。任務に関するより詳細な情報はデータベースに挙げておきましたのでそちらから取得してください。それではまた途中報告で」
そういうとミライは踵を返し、足早に部屋から立ち去っていった。
その最新の特型自動人形について詳細な情報は得られなかったが、「原点回帰」というワードで何となく予測はつかないでもない。自動人形の「原点」といったらおそらくさしているものは一つしかない。
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