春の章⑥

1/1
4人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ

春の章⑥

 他愛もない会話を続けているうちにナビゲーションの音声が目的地までもう間もなくということを伝えてくれた。卵型の車体がゆっくりと進路を左に切りハイウェイから離脱する。  減速用のレーンを下りながら車内から外を見渡す。  中心部と違って背丈の高い建造物はあまり見られない。そのかわりに蠢くように住宅が密集し、一度何も持たずにあの地区に入っていったら二度と帰ってこれなくなりそうなほどこみいった迷宮のような街並みが見える。 「やっぱりここら辺はすごいな。職場の周りで過ごしてるといるのは人形ばっかりで人間は絶滅したんじゃないかと冗談で言う時もあるけど、さすがにこっちに来ると人間がうじゃうじゃいる」 「そんな、いまさら何を当たり前のこと言ってんですか。…まあ先輩の家は商業区の近くですもんね。居住区なんてどこもこんなもんですよ。それこそ人間なんて腐るくらいいますよ」  たくさんの人々が肩を擦らせながら行きかう様を見ているとそれだけで鬱蒼とした気分になる。  よく考えなくても人口五〇〇〇万の都市なのだ。中心部に官公庁や商業区が集まっていることを考えればドーナツ状に人が偏るのは当然の結果だ。ただ、そもそもそういった人があふれた景色が嫌で人気の少ないところを選んで住んでいる自分にとってこの地区はあまり居心地のいい場所にはならないだろう。 「そんなおびえた顔しなくても大丈夫ですよセンパイ。目的地のハヤマはここからもう少しいった喧騒とは縁のない所ですから。」  普段あまり弱みに類するものを見せないようにしているワタシが目に見えてうろたえているのを見て何かうれしかったのだろうか。この後輩はずいぶんな上機嫌で声を弾ませる。 「いや~、センパイの珍しい一面が見れてうれしいっすよ。完璧超人の先輩が苦手なものが人混みですか、らしいっちゃあらしい気もしますね。あれですか、下々の人間が群れてるのが見るに堪えない、とか考えちゃいます?」 「俺が完璧超人かどうかはともかくとしてお前の中での「センパイ像」ずいぶん歪なことになってないか?誰にでも苦手なものなんてあるもんだろ」 「なんだ、センパイあんまり他人に関心持たないんでてっきり全人類見下していて興味ないのかと思ってましたよ」  馬鹿な冗談を言う後輩を無視して車外の景色に目を向ける。車はもう地上に降りて普通の道路を緩やかに走っている状態だ。遠目に見たときは入り組んでいて、雑多な印象を受けたが近くで見て見ると案外そうでもないことがわかる。確かに建物の間隔は非常に狭く密集している。しかしそれらは区画ごとにきれいに整理されており、あまり狭苦しい印象を受けない。さらに街並みのあちこちには、比較的大きな敷地の上に複合娯楽施設が堂々とその存在を主張して、たくさんの人々を吸い込んでは吐き出している。  「すべての人間に文化的生活を」。政府のスローガンは案外有効にこの国に作用しているのかもしれない…。  道行く多くの人々を見ても誰もがはつらつとした表情で靴を鳴らしている。「今日は何をしよう?」「なにか新しいことに挑戦してみようか」。そんな言葉を友人とかわしながら毎日を謳歌しているのだろうか。案外ほとんどの人間は仕事がなくても自分でやりたいことを見つけて過ごして行けるようだ。 「…人間って意外と強い生き物だよな」  外の景色を見ていたら思わず口から言葉がこぼれる。 「なんですかいきなり。あれですか、今更他人のこと見下してないアピールですか?」 「違う違う、その話まだ続いてたのかよ」 「じゃあなんなんですか。詩人みたいなこと急に言い出して、話題変えるの下手すぎません?」  成宮があきれたようにこちらを向く。 「まってくれ、今のは独り言というか、思ったことが思わず口からこぼれたというか…」 「先輩、普段頭の中で『人間って意外と強い生き物だな…』とか考えてるんですか?大丈夫ですかそれ、完全に自分に酔ってるイタイ人の発言ですよ、それ」  まずい…。後輩の声の調子がどんどん冷たくなっていく。 「そうじゃない、そうじゃないんだ成宮。ほら、俺ってあちこち旅するだろう?その時に感じたことなんだけど、この国の人はどこの人もみんな表情が明るいんだよ。仕事をする必要がなくなった人間ってもっと抜け殻みたいになるもんかと思ったけど案外みんな自分のやりがいを見つけられるんだなって…」  断じてこれは言い訳などではない。事実そうなのだ。まだ自動人形がそこまで取り入れられていない国外を訪れるとそこにいる人々は必ずしもみんな顔を輝かせているわけではないことがわかる。常にまるで何かに追いかけられているように焦った様子の人もよく見かけることができる。しかし今道行く人々を見ていてもそんな人間はいない。みんな満ち足りた様子で余裕が感じられる。 「はあ、僕はセンパイみたいにあちこち旅行したことないんでよそがどうなんかなんて詳しく知らないですけどそんなものですかね。…この国の中で生まれ育った自分にとってはあまりそう思えないですよ」  成宮はなんとなく引っかかる言い方をした。 …いや違う、これはたぶん「そうではない」という明確な主張だ。彼はワタシとは違う何かが見えているのだ。 「なんだ、成宮にはそう思えないのか」  思い切って尋ねる。  彼は何かを考えこむようにうつむいた。わずかな空白が生まれる。 数瞬のち、成宮は顔を上げて口を開いた。 「…なんで僕がわざわざこっちに出てきて働いているかって、センパイにお話したことありましたっけ」 「…いや、ないと思う」  先ほどまでの冗談あふれた雰囲気はどこへ行ったのか、急に空気が重くなる。  成宮はごくりと喉を鳴らすと少し緊張した表情でまっすぐ私の目を見て切り出した。 「僕が生まれる前の話なんですけど、ウチって大昔から農家だったんですよ。でも当然国の土地改造でそんな職業は人の手から離れましたよね。これだけなら数十年前のこの国ではありふれた出来事です。別に失業って程のことじゃありません。そのかわりに必要なものはすべて国の支給で得ることができますから…。でも、じゃあ農業という労働から解放された僕の親族はどうなった、どうするようになったと思いますか?」 「それは…」  それはおそらく先ほどワタシが言っていたようなものではないのだろう。それぞれが自分のやりがいを見つけ、政府の言う「文化的な生活」を送るのではなく…。 「もう想像はできるとは思いますけど、そうです、彼らは何もしなかったんです。絵をかいたり、運動をしたり、熱心に興味のあることを勉強したり…。なんでもいいです。そういったことは何もしませんでした。ただ国から与えられるものだけを享受して、自分たちから自発的に何かをすることはない。家からろくに出もせず引き籠る、怠惰そのものですよ」  なるほど、さっき抜け殻なんてたとえを出したが、当たらずも遠からずというところだろうか。強いて言うならまるで雛鳥だ。ただ口を開け親鳥からえさを与えられるのを待っているだけ。ただし、どうやらこの雛鳥は生涯巣から飛び立つことはないようだが。 「だから僕は家を出ました。あのままあそこにいたらもう抜け出せなくなる気がしたので。それに僕は次男なんですが下にあと四人も弟や妹がいるんです。どうかあいつらもなにか自分の中で道を見つけられるように、そのための道標となれればいいなって思ったんです。まあ長男はもうだめそうなんですけど」  成宮は苦笑交じりにそうこぼした。 「そっか、だから実家から出たきりじゃなくてちゃんと実家に定期的に帰省しているんだな。自分の家族を捨てたんじゃなく手を差し伸べるわけか」  素直に感心した。  こんな時代にわざわざ故郷を離れた地で働いているんだ、成宮にもそれだけの理由があるんだろうと思っていたが、まさかここまでとは普段の彼からは全く想像できなかった。 「も、もちろん故郷が恋しいっていうのもありますよ。ただこの仕事をしているといろんな依頼の中で本当にたくさんの刺激的な体験ができますから、それをあいつらにも伝えていきたくて」  成宮は照れくさそうに顔を外にそむける。 「そっか、故郷の兄弟もお前から何か受け取れているといいな」 「な、なんですか、いきなり優しいこと言いだして…。でもそうですね、一つ下の弟なんか急に『都市の外に出て自給自足するんだー!』なんて言い出して家を出ていったんで、良くも悪くもなにかは受け取ってくれているみたいですよ」  それはまたずいぶん極端な行動だな…。  でも成宮にとってはうれしいことだったのだろう。心なしか彼の横顔からは誇らしげな表情がうかがえる。 「って、なんでこんな恥ずかしい話になってるんですか!要は僕が言いたいのは、センパイが見てきたその「強い人たち」っていうのはあくまで今見てるみたいに外に出てくる人、いわば表の世界の人間であって、その裏には案外腐ってしまう人たちもいるってことですよ。だいたいセンパイも争乱後の生まれですよね?この国で育っていればそんな人間いくらでも見てくるもんですがよっぽど育ちがいいんですね。もしくはやっぱり他人に興味がなかったとか」  成宮がいつもの調子を取り戻したようにまくしたてる。  でもそうか…。自分はずいぶんあちこちを巡ったつもりだったが結局うわべだけしか見ていなかったようだ。なにもせず、ただ与えられるがまま環境に存在する。それこそまるで人形のようではないか。人形が人間に代わって働くようになったこの時代に逆に人間が人形のようになっていく。どうやらこの理想郷も大概なようだ。 「ほらセンパイ、そろそろハヤマにつきますよ。うわ、すごい豪邸ばっかですよ。なんですかまるで撮影のセットみたいっす」    それでも、何やら興奮している成宮の横顔を見ながら私は思わずにはいられない。  こんな奴が出てくるなんてやっぱり人間は強い生き物じゃないか。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!