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愛される花として
「んっくぅ……ん。アレン様――っ」
匂いをつけるだけの時と確実に違うアレン様の舌の動きに喉が鳴った。顎の下の窪みを舐められると首筋に下から突き上げるような痺れが走って息が上がる。
「フェイ、どこまで我慢できるかわからない。無理だと思ったら本気で逃げろよ」
「……そんな、無茶です――……」
今からパーティーにでも出られそうなくらいにピカピカになるまで舐められ、撫でつけられた顔から血の気の引きそうなことを言うアレン様への反論は、力なく空虚に響いた。それを冗談のように口の端で笑うけれど、目の奥にある光の重圧感で本気だと知れる。
「とって食おうというわけじゃない。そんなに怖がるな」
僕の怯む気配を感じたのか、少しだけ緩めてくれた圧に細く息を吐く。
番になってから、アレン様は爪を切った。獣人の接合は、興奮して爪が肌を傷つけてしまうこともあるので、番を持ったら切るのがマナーだ。僕が拒否している間だって、待っているという言葉通りいつも綺麗に揃えられていた。カーブを描く爪先が胸の突起の周囲をなぞると、ぷっくりと立ちあがった乳首は腫れて熱をもっているかのように痛んだ。
身を屈めて寝台の狭い場所で逃げを打つ身体を片手で戻し、その度に軽く引っ掻くから息も出来ないほど身体は火照っていく。時折気まぐれのように膝で擦られる小さな性器は、頼りげなく無意識に揺れた。
吐息にすら反応してしまう身体を前にしても、僕の番に加減という言葉はないらしい。
「いや……、も、や……だ……」
抱いて欲しいと願ったのは僕だが、さっさと前言撤回し、白旗を振るべく見上げた。僕の必死の目を受け止めたアレン様の顔は、まるで何かに耐えているようだった。視線が思っていたのと違い真剣だったので、泣き言を飲み込む。きっとニヤニヤしながら反応を楽しんでいるかと思っていたのに。
アレン様は、長く吐息を吐き出してから手を止めて口付けた。
詰めていた身体の力を抜いて息を吸うと、アレン様の匂いに気付いた。
「あ……アレン様? 僕に、欲情してる?」
「は……?」
呆れたような声、心底何を言っているんだこいつと言いたげな目に、僕は慌てて言い訳をした。
「だって、今は発情期じゃないし!」
「番であるお前が俺に欲しいと言って、欲情しないわけがないだろうが!」
「耳、痛い……」
アレン様の声が大きすぎて、耳を伏せた。緊張してほとんど息が出来ていなかったから、匂いに気付かないなんて、恥ずかしくて言えなかった。
「お前は、俺の事を何だと思っている。枯れた爺だとでも思っているのか」
「アレン様は、平気なんだと思ってた……。だって僕が膝に乗っても平然と書類を読んでいるし、キスしたって……」
思い出しただけで悲しい気持ちになるくらいアレン様は普通だった。
「お前が嫌がるのがわかっているのに、出来るわけがない――。フェイ、俺を受け入れてくれ……」
アレン様が僕の片脚を持ち上げ、太ももに口付ける。チュッとリップ音を鳴らせてから、軽く甘噛みする。
「ん、あっ!」
太ももに慣れない感触がくすぐったい。
「指を挿れるぞ。上手に飲み込んでる――が、きつくないか? ――お前が俺を放置している間だって、ずっとお前を抱きたかった」
クチュッと音がした。Ωの身体は、発情期でなくても番を受け入れることが出来るとは聞いていたけれど、水音はその証拠だ。
「あ、ん……っ」
「お前が嫌だと言っても、もう我慢はしないからな……」
「嫌じゃないです……。でもアレン様のソレ……」
嫌じゃないけれど、無理じゃないかな、発情期ならともかく……。
「大丈夫だ。フェイがΩで良かった、な」
小さな窄まりは意外なほど簡単に指を三本も飲み込んでいた。それでもまだまだアレン様のほうが大きい。
「傷ついても治るから……?」
Ωは、傷や病ですら番を受け入れることで治ると言われている。ただ一つ、α離人症と呼ばれる病以外ならすぐに治るのだ。それは目の上の怪我をしたときに身をもって知っていた。
α離人症は、番となったαに捨てられたΩが発症するというΩ特有の心の病だ。
「お前を傷つけて平気なわけがないだろう――」
呆れたような声だけど、優しく触れる指先と何度も与えられる軽い口付けで僕を大事に思っていることを伝えてくれる。
「ごめんなさい……。それなら何故?」
「Ωだから、俺を受け入れられるんだ。心配しなくていい」
アレン様のモノがあてられた瞬間、ゾクッと背中を快感が突き抜けた。まだ挿ってもいないというのに、中が収縮するのを感じて、改めて知った。
僕の身体は、アレン様を待っている――。
「フェイ……幸せだ――」
切っ先を潜り込ませて、アレン様がそう言った。
「僕も……、あ、ああっ!」
発情期でもないのに僕の身体は蕩けて解れていく。ゆっくりと推し込まれただけだというのに、悦びに震えた。
「あああぁぁっ! あ……ごめんなさっ」
こういうものなのだろうか。挿れられただけで、僕は達ってしまった。余韻に震えながら、アレン様を締め付けてしまう。
「フェイ、そんなに善かったか?」
眉間に皺を寄せたアレン様が、快楽に波打つ僕の腹を撫でた。
「触っちゃ駄目……」
「蕩けたお前の顔は、俺の好物だ」
それこそ舌なめずりをしそうなアレン様は、笑いながら僕の脚を抱えなおした。
「あ、駄目です。まだ……っ」
一度達った身体は、軽く揺すられるだけですぐに次の波が来そうだ。
「あ……あっ、アレン様」
「フェイ、しっかり捕まってろ」
アレン様の動きが変わった。水音と腰が打ち付けられる音が段々と速く大きくなって、僕の身体が寝台の中で激しく揺れた。
「あ、あ、あん! あ……」
僕のお腹の中を突き破るんじゃないかと心配になるほどアレン様の剛直は大きく長い。怖くなって、アレン様に手を伸ばすと、抱き上げられて座る上に下ろされた。
「ああっ! ヒャァ……っ」
訳のわからない声が出た。脳天からぬけるような快感に、腰が揺れた。
「フェイ、いいのか?」
「あ……、い、いっ――」
ゴリゴリと当てられる場所には、きっと変なものが出てる。媚薬か何かじゃないだろうか。あまりに気持ち良すぎて、僕は自分で腰を動かしていた。
「フェイ?」
「気持ち、い……い。あ、ああ! 怖い……。奥まで、来るっ」
奥には、きっと扉があるのだ。だから、アレン様はそこをコツコツコツとノックしている。こじ開けられたら、きっともうアレン様なしには生きていけないような気がした。
「フェイ、フェイ!」
「アレン様……っ! あ、あん! や、強い……」
快感が強すぎて、チカチカと光りが点滅しはじめた。
「フェイ……愛してる。俺の子を産んでくれ――」
「あ……」
ドクドクと僕の中を温かいものが満たしていく。中にいるアレン様の子種は、扉を越えられるのだろうか。
「フェイ?」
「……嬉しい。沢山子供が欲しいです、アレン様に似た子も僕に似た子も、リアン様に似た子も――。僕の家族になってくれて、嬉しい……」
狼族の交尾は長い。αの性器にはΩとは違う突起があって、子種を全て注ぐまで抜けないのだそうだ。僕を抱きしめて、アレン様は呟く。
「フェイに育てられた子は、きっと可愛いだろうな。男のαは駄目だ。俺が嫉妬しそうだ」
悔しそうな口調で唸るから、笑ってしまった。
「アレン様が好きですよ」
「子作りは歓迎だが……。あまり子供ばかり構うと、母上に預けてお前を攫うからな――。リアンの時のようにヤキモチをやくのはごめんだ」
「あなたが僕を好きだなんて気付かなかったんだから仕方がないじゃないですか」
僕の顔に口付けを降らせながら、アレン様も笑う。
「気付かないのはお前だけだ」
「アレン様はわかりにくいんです」
「そんなことはない。大体、俺の剣の応援に来ながら他の男を応援するとは何事だ。あれは、お仕置きに値するぞ」
乳首をキュッと摘ままれて、身体が跳ねた。
「あ……、駄目です。まだ途中なのに。ずっと穏やかな快感が溢れてる……」
「大丈夫だ、硬度は保っているからいくらでも相手をしてやる」
「でも、抜けない……」
抜けないということは、動かせないということだ。
「それならそれでやりようがある……」
カリッと胸の突起を囓られて「クッ!」と声が漏れた。
「お前の我慢している声もそそられる――。勿論奔放な声も好きだが――」
「んっ、アレン様の硬い……」
「お前のものも中々……」
緩く勃つ僕の性器の先端をアレン様は指でコリコリと刺激した。
「あっあっ……。痛いです」
「お仕置きって言っただろう? こら、逃げようとするな……」
「だって……お仕置きって……」
「お前にいいところをみせようとして頑張ったんだぞ」
性格の悪さを体現したような剣さばきだと思いました。
「僕に?」
意外としか言えない言葉に、僕は驚いた。そんなこと気にしない人だと思っていた。
「普段は、あそこまで勝ち上がらない」
「僕のため……?」
「そうだ。気合いをいれていた。相手は強いと知られたやつだったから迷ったが……。お前が相手を応援した瞬間に、全部忘れて叩きのめしていた。だからお仕置きだな――」
「えっ! ああっ、あ、んっう……はっ、あ……」
腰を緩く回しながら、アレン様は僕の胸にむしゃぶりつき、指で性器を扱いてく。
「お仕置きは嫌……ですっ。だって、僕だって。ジェイクのこと! あ、あ……や……」
「ジェイク? あれは同僚だ。トラヴィス様に仕えているだけで……」
口は、喋るために離してくれたけれど、指は止まらなかった。
「スラッとして格好いい獣人ですよね……あっ、痛っ!」
「ジェイクには寄るな。トラヴィス様にもだ……。こんな石、本当は着けさせたくなかった――」
一度痛みを感じたけれど、その後は優しく僕を追い上げていく。耳の石に口付けて、上書きするように噛む。
「あ、アレン様っ、達(イ)く……」
「ああっ、フェイ……」
身体に力が入って、アレン様を締め付けてしまった。気持ち良さそうな声で、快感にのまれているのは僕だけじゃないとわかる。眉間に皺を寄せたアレン様に縋り付くと項に甘噛された。痺れるような悦びに脱力した身体を撫でられると瞼が落ちてきた。
うつらうつらする僕に小さな口付けをいくつもくれて、「寝ていいぞ」と囁かれた。
昔、お母さんに抱きつきながら椅子で眠ったことを思い出した。
『フェイはいい子ね』
あんな穏やかな時間はもう二度と手に入らないと思っていた。アレン様は、ずっと僕に厳しかったし、愛されるとも思っていなかったからだ。リアン様と一緒にいるときが、一番心穏やかで幸せだと思っていた。
ねぇ、お父さん、お母さん。僕にも大事な人が出来ました。
強くて冷静な獣人で、僕には手の届かない方だと思っていました。でも、ヤキモチ焼きで実は心が狭いそうです。アレン様が心を明かしてくれる度に、知らなかった方が良かったかもしれないと思うことも多いんですが、僕は幸せです。
「フェイ、俺の大切な花――」
眠りに落ちる寸前、静かな決意に満ちた声が聞こえました。
アレン様も僕と一緒で幸せだといいのだけど。『番』とは、お互いに大切な存在を呼ぶんですね。
発情期は三ヶ月に一回くらいだと聞いたのですが、アレン様には関係がないようで。
愛されるって、実は大変なんだと最近知りました。
<Fin>
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