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変わっていく関係
「リアン、お前を王宮に預けようと思う――」
僕の生まれた村から帰ってきて、アレン様は何度もご両親と話し合っていた。
結果、屋敷で軟禁するように護るのではなく、もっとαのいる場所で、出会いがあったほうがいいと話は落ち着いた。
お見合いをするというわけではない。ただ、誰も近寄れないようなところだと、どうしても出会える確率が低くなり、人族のΩであるリアン様のためにならないと苦渋の決断ではあった。
「リアン様を王宮に……」
僕は王宮には行ったことがないから本で読んだ知識だけしかない。それは、地位あるαを巡った恋物語だったり、Ωが苦難の末に地位を上げていく物語だったり、リアン様の小説を読んだくらいだが、あまり安全な場所には思えなかった。
僕達の悲愴な顔を交互に見比べて、アレン様は「俺もいるから安心していい」と言った。
アレン様がいてくれるなら、きっと安心だと思うのは、僕がアレン様に絶対の信頼を持っているからだが、リアン様はそれでも不安そうだった。
「でも、αの沢山いる場所でしょう……?」
「お前は鼻がきかないし、気配にも鈍感だから、近くにさえ寄らなければ大丈夫だ。トラヴィス様の番候補として上がれば、お前に手を出す奴はいないだろう」
王宮であれば、もちろん沢山αもいる。危険と隣り合わせではあるけれど、あの場所には絶対的な存在である王とトラヴィス様がいるから、秩序は保たれるとアレン様は考えているようだ。
「トラヴィス様! 嫌っ! 怖い……」
触ったわけでもなく、その気配だけで敏感じゃないリアン様が気絶したのだから嫌がるのも無理はなかった。
「アレン様……」
「ここで、家族にすら怯えながら一生を終えるのか? フェイだって、その間はずっとお前のために――」
「僕なら大丈夫です。リアン様がいてくださったら、それだけで――」
僕の大事な……家族のように、妹のように思っている。彼女の幸せが訪れるまで、僕はこの大事な場所にいられる。
「お前は――っ」
アレン様は、リアン様がいるのに大きな声を出し、慌てて口元を押さえた。リアン様の白い顔が青ざめて、恐怖と戦っているのが僕にもわかった。距離をとっていても怒った時のαの気配が、リアン様にはナイフで首筋を撫でられるような恐怖に感じるのだ。
もう一度昔のように、アレン様とリアン様と僕で、庭でお茶をしながら花冠を作ったり、本を読むアレン様の邪魔をしたい。僕の尻尾とアレン様の尻尾を比べて遊んでいたリアン様の笑顔を思い出して、僕の尻尾は悲しげに揺れた。
「そうねフェイのために……。お兄ちゃまの気持ちも痛いほどわかってる――。フェイ、ついてきてくれる?」
リアン様の縋るような眼差しに、僕は力強く頷いた。
僕は、どこにだってついていく。例え、トラヴィス様の番候補達に紅茶をかけられても、リアン様の盾になってみせる。
ギュッと僕に抱きついたリアン様は、「もう少しだけ……私のフェイでいて……」と呟いた。
あなたを護るために、僕は強くなりたかった。この身体は、全部あなたのために捧げたい。
僕達が不安を慰めるように抱き合っているのを見て、アレン様は舌打ちをした。情緒不安定なのか、尻尾がぐるぐると回っていた。
その一月後、夏の最中にリアン様は王宮へ招かれた。トラヴィス様の個人的な知り合いとしてお部屋を賜ったのだ。召使いとして上がるつもりだった僕もリアン様の続き部屋をもらって、その豪華なしつらえに言葉を失った。
「王宮は、召使いの部屋も素晴らしいんですね……」
椅子の形まで、曲線が優美だ。寝台には天蓋がついていて、これならいつまでも寝坊出来そうだ。
「馬鹿か」
「アレン様? ああ、アレン様のお部屋でしたか。僕の部屋もいただけると聞いていたので、間違えました」
リアン様の横にアレン様の部屋があるのは当然だろう。僕の部屋は扉の向こうかなと歩き始めると、アレン様に引き戻された。
「ここはお前の部屋だ。お前は、俺の遠縁のΩとしてトラヴィス様の番候補として部屋を賜っている。立場的には、リアンと同等だ」
「は? 僕が……?」
「口実だ。リアンを護るのに召使いの立場では口出し出来ないからな。トラヴィス様の番候補には女のαもいる。リアンを護るためにどこにでも一緒についていける身分が必要だ。番をもたないものは、αだろうとβだろうとΩであっても関係ない、リアンを発情させ番となることのできる全てのものが敵だと思え」
「はい」
「獣人のΩなら、薬で無理矢理発情させられて番にされ、最悪孕んでしまったとしても死ぬことはない。だが、人族は……」
僕達は発情している状態でないと、項を噛まれても番にはならない。そして、番になってその相手以外に行為をおこなえなくなっても、抑制剤の発達している今なら、清らかな生活を送るだけの話だ。それが嫌なら、相手を殺すしかないけれど。
「人族は、番になる相手であっても……」
恐怖のために正気を保てるかわからないのだ。
「あの、トラヴィス様に挨拶とかは……」
召使いでないのならもしかして、僕もご挨拶とかしないといけないのかと思うと尻尾が落ちた。それに僕はともかくリアン様が挨拶をするとなると、気合いが必要だ。
「必要ない。トラヴィス様も了承済みだ」
「そうなんですか。王様や王妃様には?」
「陛下にも事情は話してある、王妃様は変わった物が好きで旅行が趣味なんだ。今はいらっしゃらない」
「安心しました。でも、すごいですね。こんなすぐに王宮に招いていただけるなんて」
「ああ、ちょうど陛下がトラヴィス様にも番候補を探さなければいけないとおっしゃったから、入れてもらった。お前も気をつけろ。その首輪は絶対外すな」
首筋に僕達Ωは、首輪をしている。
抑制剤を飲んでいるとはいえ、誤って発情した時に、抑制剤を飲んでいないαが側にいれば番にされてしまうのだ。発情したΩのフェロモンは、抑制剤を飲んでいないαの理性など吹き飛ばす威力があるらしい。
「はい」
ソファに座っているアレン様が手を伸ばして、僕に来るように無言で命じた。最近のアレン様は、リアン様のために僕に匂いをつける時、こうやって膝にのせることが多い。尻尾が僕の脚に巻き付き、さわさわと揺れるのを見ていると、眠くなってしまうのは何故だろう。
「ん……」
耳を甘噛みをされて、声が漏れた。
「お前の身体は、甘い匂いがする――。熟したイチゴのようだ」
アレン様は、いつもよりも念入りに匂いをつけようとしているようだった。服のボタンを脱がし、アレン様は僕の腹を撫でた。
「アレン様――?」
「お前の腹に顔を埋めていいか?」
どうして? そんなところまで匂いをつけなくてもいいはずだ。狼族のαは、僕よりもきっと鼻がいい。でもアレン様の金に黒の瞳を見ているうちに、何故か僕は頷いていた。
「くすぐったいっ……。いたっ……」
顔を擦りつけ、毛皮の上から、軽く噛まれた。
「アレン……様? あ、やぁ……っ」
アレン様は、何も言わずに僕のズボンを下ろし、下着の上から性器を触った。
「お前も大人になってから大分立つ――。自分でなぐさめたりしているのか?」
「してない……です」
「小さくても男としての機能はあるのだろう?」
下着の中に手を入れて、アレン様は僕のものを握った。
「……嫌です……、どうして……」
今まで一緒にお風呂に入ったりしても触られたことなどない。
「お前の身体は、嫌がっていない」
ピクッと勃ち上がる気配に、僕の方が驚いた。他人にこんなところを触られて、悦ぶような自分の身体が信じられなかった。
「僕は、淫乱なんですか?」
「何故そこで淫乱になる?」
アレン様は、喋りながら僕のそこを何度も擦った。
「僕が、Ωだから……」
よくおじさんが、淫乱なΩに生まれて可哀想にと嫌な笑い方をしていた。僕だって淫乱の言葉の意味くらいは知っている。おじさん達は、自分達βが一番数が多くて、幸せだと言っていた。αは、Ωの淫乱な身体に惑わされるからみっともないし、Ωは男でも女でも銜え込むいやらしい生き物だとよく嘯いていた。それがただの虚勢だということは、僕もわかっている。
けれど、僕のそれは、アレン様の指に煽られて、ビクビクと別の生き物のように震えている。普段は排泄にしか使わない後ろからは発情期でもないのに何かが分泌されているような気がした。
僕達獣人は、抑制剤をつかっている間はほとんど発情しないけれど、子供を作るための行為を楽しみですることは出来るのだという。ただ、興味がなければ疑似行為をすることもない。
「お前はΩでなくても一緒だ」
「あ、あっ! 苦しぃ……」
息が上がり苦しかった。どうしていいのかわからなくて、頭を後ろから抱きしめているアレン様に擦りつけた。
「達け――」
耳をいつもより強く噛まれて、僕は白いものを吐き出した。
「ああっぁぁぁ……」
声を抑えることも出来ないけれど、リアン様に聞かれるわけにもいかなくて、僕はアレン様を掴んでいた手を離し腕を噛んだ。
プツリと切れた感触は僕の皮膚だ。Ωの身体は柔らかくて、すぐに傷つく。痛みは、僕を混乱からすくい上げた。
「父上から、この機会にお前を譲り受けた」
僕は、お金で買われた身だ。僕の身元引受人はデリク様だった。それがアレン様になったというだけのことなのに、何故だろうか、僕は悲しみを覚えているようだった。何だか胸の中のあったかい部分が、真っ黒で冷たいものが染みてきたようなそんな気分だった。
「アレン様のものになった……のですね」
「そうだ――」
アレン様は、僕が自分で傷つけた腕を舐めた。
「ん……」
痛みは、もうない。アレン様の瞳を見つめていると、ゾクゾクと背中から泡立つようだ。心がどれほど歪み、傷ついたとしても、僕達Ωはαに簡単に煽られてしまう。
リンリンと鈴の音が鳴って、リアン様が呼ぶ。引き摺られる気持ちを取り戻して、立ちあがった。
「リアン様が呼んでるので、身体を拭いてきます」
僕が飛ばしたものは、アレン様が受け止めてくれていたけれど、やはり気になる。リアン様は人族で鼻は全然きかないから気にはならないだろうけど、僕が嫌だった。
「ああ、フェイ。今日からリアンには、トラヴィス様のもので匂い付けをする」
「でもリアン様は――」
「大丈夫だ。少しの匂いなら、αは気付くがリアンにはわからない」
そうか、なら今日からお昼寝は一緒にしなくていいのだと気付いた。リアン様がアレン様を怖がるようになってからというもの、僕がアレン様に匂いをつけてもらい、昼寝の時に、僕を介してアレン様の匂いをリアン様に移していたのだが、それも必要がなくなるのだ。
屋敷に戻らなくていいから仕事がはかどりそうだといって立ちあがったアレン様は、かっちりとした服装で隙がなく、凜々しい出で立ちで見惚れるほどだ。
まるで知らない人みたいだ……と過った不安に気付いたのか、アレン様は僕の耳をキュッとつねって、「お茶の時間にはもどってくる。デザートは、お前達の好きなものを用意してもらってくる」と言った。
アレン様は、長男だからか、リアン様のことだけでなく僕のこともよく見ている。
「楽しみにしてます」
だから僕も、そう言って笑顔で見送った。
「どうしたの? フェイ、何だか元気がないみたい……」
お昼寝は、匂いづけしなくていいですと言ったのに、リアン様が一緒に眠って欲しいといって僕と寝台に転がった。見慣れない天井の絵を目で辿っていたら、リアン様が心配そうに訊ねた。
「いいえ、少しなれない場所なので緊張しているようです」
「そうね、いつもより鼓動が速いわ」
僕の胸に頭をつけ、リアン様は鼓動を聞いていた。
そして、その夜、僕は熱を出した。環境の変化で体調を崩したのだろうとお医者様は言った。
僕は、夢の中で一人で扉を開けていた。探しているのがリアン様なのかアレン様なのかわからない。どれほど開けても二人は、見つからないのに、僕は何故か安堵していた。
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