アレン様の治療

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アレン様の治療

「フェイ……」  アレン様の吐息は、僕の身体に魔法をかけていくようだ。鼓動が高まり、体温の上昇に、身体が簡単に変えられていく。 「うぅんっ、アレ……ン様っ」 「匂い立つな、Ωとしての本能か?」  Ωは、フェロモンでαを誘惑するという。でも、そんなこと僕にはわかるはずもない。アレン様に包まれて眠るときのような安心感と、くすぐったいようなフワフワした気持ちが溢れて、寝台に落とされたのにも気付かなかった。 「開けろ――」  声に導かれて、開いた僕の口にアレン様は液体を流し込んだ。 「酸っぱい……。……あれ? アレン様、ここは――」  苦手な酸味が舌に留まって、僕は唾を飲み込んだ。急にクリアになった視界に驚きながらも、ここがアレン様の寝室だということがわかる。初めて王宮に来た日に案内されたからだ。 「抑制剤を飲んでいても簡単に発情しようとするのは、俺だからか? それとも……」 「発情……? 僕? あれ、どうして僕、服を着てないんでしょうか」  身体が気怠い。怪我をして、お医者様に診てもらった後、僕はアレン様に抱き上げられて部屋を出たはずだ。さっきの液体が即効性の抑制剤だということは身体の熱が冷めていくらからわかる。 「脱がせた」  毛皮だし、男同士だし、恥ずかしいわけでもないけれど、これは駄目だろうと服を探した。寝台の横に落ちているのをみつけて、身体を起こそうとしたけれど、アレン様は許してくれなかった。 「どこに行くつもりだ? まだ怪我は治っていないぞ」 「アレン様?」  押し倒したまま僕を抱きしめたアレン様は、「今からすることは、治療でもあり、お仕置きでもある」と言って僕の包帯の上にキスをした。 「んっ…ああっ――、う、ッああ――」  水音が自分の下半身から聞こえて、何度も顔を左右に振った。ガッチリと押さえつけられて腰から下は自分の自由にはならないからだ。 「いいのか……?」 「あ、いや……ぁ」  良いわけがない。こんな浅ましい姿をさらして、一方的に快楽を貪ってどうしていいと言えるのだろうか。抑制剤を飲ませたのに、どうしてこんなことをするのだろう。 「……どうして――。んんッ、だ…めですっ」  顔を僅かに上げた僕の視界に映ったのは、長い舌に包まれた僕の性器。立てられた膝の向こうにはアレン様の指を銜え込んだ小さな穴があるはずだ。 「嫌……あ、ああっ! 離してくださ……ああんッ」  二本の指を何度も抜き差しされると、最初に感じた痛みは消え失せ、次第に収まらない熱だけが僕の身体に快感を灯していった。それでも部屋に来た時とは違って、意識はしっかりしている。 「お前のここは、足りないと催促しているようだが」  ギュウッと締め付けているのは自分でもわかっている。だから言わないで欲しかった。  アレン様は、微笑みを浮かべて指に回転を加えた。当たる場所が変わって、そこは更に僕の快楽のポイントだったようだ。ジィンとした重い快楽が鼓動と同じ速さで打つ。 「あ…はッ……!」  もう達きたい、我慢出来ないと、思考が全て快楽に染まっていく。 「駄目だ、もっと昂ぶれ――」  いや、いやだ、辛い、苦しい――。振った顔から包帯が解け、僕の無事だった方の目から散った水滴を吸い込んだ。 「もうっ、アレン様――許して」  小さな僕の性器は、我慢出来ないくらい張り詰めているのに、アレン様が根元を握っているから出すことも出来ない。   「お前の匂いで私まで狂いそうだ……」  どれほど暴れても、アレン様はビクともしない。アレン様がαであるということもあるが、僕の身体に力が入っていないのは、シーツを掴む指先の布の感触でわかった。いくら僕でも力が入っていれば破けるはずだからだ。 「や、やぁ……ッ。離し……て――」 「そろそろか――」  限界なんてとっくの昔に越えているのに、アレン様はそう言った。  僕の先端を強く吸い、戒めていた根元から指を外した。  アレン様の耳を掴みながら浅ましく腰を浮かし、僕は悲鳴を上げた。欲望の証しがアレン様の口の中に消えていく。 「ああんっ! やっぁ……」  痙攣を起こしたように身体が震えた。止まった瞬間、力尽きたように僕は四肢を投げ出し弛緩した。指一本も動かすことが億劫なほど、疲れた。 「よく出来たな――」  剣の稽古でも、アレン様からこれほど満足げに褒められたことはない。アレン様は、リアン様のもっている本に出ていくるドSなヒーローのようだと、僕は思った。僕がヒロインでなくて本当に良かった。  シーツの中に潜り込み、自分の尻尾を抱きしめて眠った。アレン様が邪魔だと思えば、ソファににでも移動してくれるだろう。  話し声が、聞こえた。僕にもほとんど聞こえないから、リアン様だったら喋っていることにも気付かないだろう。  あれが動く、とか大丈夫なのかとか、何か心配事でもあるようだ。でもこれほど声を潜めているのなら、僕が聞いていいことかどうかもわからない。 「アレン様……?」  僕は、シーツから這い出してアレン様を呼んだ。喉の渇きが我慢出来ないほどだったせいもある。 「フェイ、大丈夫か? 傷跡は、……残ったのか――」  その声に聞き覚えがあって、僕の尻尾は驚きで立ち上がり、次いで股の間に収まった。 「トラヴィス様……」 「フェイ、殿下とお呼びしろ。本人の前で名前を呼ぶのは不敬になる」 「あ、申し訳ありません、殿下。お許しください――」  名前以前に、服を着ていないのも不敬になりそうで、慌ててシーツを身体に巻き付けた。 「気にしなくていい。フェイ、名を呼ぶことを許す――」  まだ十ほどにしか見えないトラヴィス様だが、威厳ある口調がとても似合っている。 「ありがとうございます。でもどうして……」 「ああ、私の番候補がリアン嬢を襲って君が怪我をしたと聞いた。事実を確認に来たんだ」 「わざわざ殿下が?」 「トラヴィスでいいと言っているだろう? フェイ、顔をみせてもらえるか?」  トラヴィス様が、手を伸ばし、僕の顔を触ろうとした瞬間、アレン様がその手を容赦なく叩き落とした。 「アレン様!」  王の跡継ぎであられるトラヴィス様に対する態度ではなかった。 「触らないでください……」 「怖っ、そんな覇気をもっていたんだな」  トラヴィス様は戯けたように言った。覇気というのは、オーラともいう。強いものがもつ気配で、それはαが番に手を出そうとする相手を威嚇するために発達したものだという。だからΩの僕や、βは持ちえないものだ。ただ、感じることは出来る。  初めて会った時、恐ろしいくらいに感じたトラヴィス様の覇気は、認識したせいかそれほど感じなくなっていた。 「ああ、目に傷がなくて良かった。さすがのΩの回復力でも眼球はどうしようもないからな」  触らないようにしながらトラヴィス様が僕の顔を見つめた。 「Ωの回復? ですか」  そういえばΩは、怪我や病気にも強いと聞いたことがある。僕も数えるくらいしか風邪をひいたことがない。 「そう、Ωはエロいことをされて興奮すると免疫力が上がるし、怪我などの快復力も普通とは違うんだ。だから、Ωの具合が悪いのは番のせいだと言われるくらいだ」  はははっと豪快に笑うけれど、子供の姿でエロいこととか言わないで欲しい。どういう顔をしていいのかわからなくなる。  ということは、僕の怪我が治っているということは、そういうことをされたとバレるのではないだろうか。怪我をした場所に手をもっていくと、乾いていて、肉が盛り上がっているのがわかった。痛みもなければ、血も出ていない。 「……眼帯もらっていいですか?」 「何故だ?」  アレン様が不機嫌そうなのは、トラヴィス様がいるからじゃなくて、面倒なことをしなければいけなかったからだろうか。眼帯で隠せば、そういうことをしたとバレないかと思ったのだが、アレン様の覇気はリアン様がいたら失神するくらいのものになっている。 「アレン、話の続きはまた後で――。そんなに怒るとフェイが不安になるぞ」  結局僕は、寝台の中から見送った。いくら男同士とはいえ、みっともない姿だったからだ。 「フェイ、眼帯はいらない。リアンの護衛をするのに、片目じゃ無理だろう」  確かに慣れていないのに、片目では歩きにくいだろう。浅はかな僕は、アレン様を失望させてばかりだ。そういえば、あの行為は治療のためだとはいえ、してもらってばかりだった。快楽も度が過ぎれば辛いということは嫌というほどわかったけれど、アレン様にもお返ししたほうがいいんだろうか。  考えていると耳がペタンと寝てしまった。 「また余計なことを考えているんだろう? いいからお前は、水分をとって、果物を食べなさい」  僕に水がタップリ入ったグラスを渡し、アレン様ご自身はブドウを発酵させて作ったワインを飲んだ。 「もっと欲しいです」  一杯では足りなくて、もう一杯飲んでやっと満足出来た。 「口を開けろ」  イチゴのヘタをとって、僕の口の中に放り込む。 「僕、酸っぱいのは……」 「リンゴは後でやるから、こっちを食べろ。甘そうなのを選んでやるから。……何を笑っているんだ」  アレン様の大きな身体で、小さなイチゴのヘタを剥くのは似合わない。 「ちょっと我が儘を言ってみました。嘘です、酸っぱくても食べられます」 「イチゴの方が栄養価が高いからな。後で好きな物を食べさせてやる」  僕達獣人の食事は、果物が多い。果物を加工したものや、葉っぱ系のものが多いけれど、昔は違う物を食べていたらしい。  馬や牛、鶏なんかは毛皮を持っていても獣人ではない。ある一定以上の知能のあるもの以外は、四つ脚から二つ脚へと変化することができなかったのだと先生が言っていた。四つ脚であるころ、狼族は獣人ではなく、獣と呼ばれ今とは違う物を食べていたのだという。  鶏は、二つ脚でも獣人ではないのですかと聞くと、意志の疎通が出来ないものは、二つ脚でも獣なのだと言った。 『だから、フェイ。例え同じ種族だとしても、言葉が通じないものは獣だと思いなさい。獣人であっても、獣とかわらないものはいるんだ』  先生は、昔攫われて売られそうになった。その時にそう思う何かがあったのだろう。 「どうした? 酸っぱいのか?」 「いいえ、甘いです……」 「身体が回復しようとして栄養を欲しているんだ。沢山食べろ――」  おじさんのところにいたとき、いつもお腹が空いていたのを思い出した。 「アレン様。僕、幸せです」 「そんな怪我をしていてか?」 「怪我なんてたいしたことじゃないです。もう一度生ま変わっても、僕はリアン様とアレン様にお仕えしたいです」  アレン様は、目を眇めて僕を見た。 「俺は、二度とこんな風にお前と出会いたくない」  アレン様は、ベッドヘッドに置いていた抑制剤を開けて飲み干すと部屋を出て行った。 「……そうだよね」  弱くて、護衛もろくに出来ない。役に立つことのほうが少ない。面倒だけは人一倍かかるΩの僕は、アレン様にしたらろくな使用人ではないのだろう。  ――何故、あんなことを言ってしまったんだろう。  『俺もお前に会いたい』とか望んでいたわけではないけれど、僕はアレン様に甘えていた。リアン様の護衛として特別扱いしてくれているだけなのに、馬鹿だな僕は。  血のついた毛皮も綺麗になっていた。寝台の横の椅子にかけられた僕の服を着ようと手を伸ばすと、クラッと目眩がした。  それでも、アレン様の部屋に留まる気にはならなかった。アレン様は優しいから、僕がずうずうしく寝台で寝ていても許してくれるとわかっていたけれど。  リアン様の顔が見たかった――。まだ寝ているだろうけど、僕の存在理由を確かめて、安心したかった。  
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