二つの顔

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二つの顔

「ア、アレン様……」  ゆっくりと牙が抜けていく感覚に全身がゾワリと粟立った。 「何だ?」 「その……もう何回かしたんですよね?」  迷いのないアレン様の動きに、僕はどうしていいのかもわからずされるがままだ。 「ああ、二日で何回したかな? 発情しているお前につられて、俺もずっと勃ってるからな。それがどうした?」  なるほど、僕の身体がおかしいわけだ。 「あっ、だって……身体が変なんです……」 「どこも変じゃない。真っ白で綺麗だ――……。吸い付いた跡はピンク色になっていて可愛い……」  触られていた胸の先が尖って痛い。 「ああ――っん、そこ……っ、噛んじゃ」 「舐めて欲しいのか?」 「ひっあ……。胸、痛い……」  座っているアレン様を跨ぐという姿も恥ずかしいのに、僕の身体はもっと欲しいとうずき出す。 「期待して、トロトロになっているな」 「あっ! 駄目です!」  寝台に押し倒されたと思ったら、僕の小さな欲望の証しをアレン様は咥えてしまった。 「駄目っていって……あ……」  僕は知らなくても、身体は知っているのだと気付く。そこだけじゃ嫌だと、後ろの中の方がヒクッと動いた。 「覚えていないのだろう? ちゃんと全部教えたんだがな」 「あ、んっ! アレン様、そんなところ舐めないで……」 「お前はここが好きだろう?」  そんなのは知らない……。なのにどうして、脚は勝手に膝を立て僕の奥を暴きやすいように動くのだろう。 「そっちがいいのか? 朝まで繋がっていたからな。まだ蕩けているんじゃないか?」 「嫌だ……」 「ここが嫌なのか? もっと奥がいいのか? それとも、指じゃなく――」 「嫌……。アレン様――、アレン様っ」 「どうした?」  怖い、と言ったら笑われるだろうか。既に番となって幾度も身体を重ねているというのに。身体はアレン様を求めているというのに。 「何故、そんな顔をしているんだ……」  僕がアレン様でも戸惑うだろう。抱いて欲しいと願ったのは僕で、アレン様はいつものようにしているだけだろうに。  何でもないと言えばいい。アレン様が抱こうとしているのが、僕の身体でありながら、僕でないような気がして、怖い――なんて言ってもわかってもらえないはずだ。 「いえ、何でもないん――っ」 「話してみろ――。偽るなと言ったはずだ」  僕の中にあった指が抜ける。それを切ないと、孔が疼いた。 「ん……。アレン様、止めてしまって……」 「別に構わない。まだ時間はあるんだ。だが、お前は……そのままで辛くないか?」  僕のそれは、アレン様によって成長しきっていた。 「少し、辛いです……」 「触られるのは嫌じゃないか?」  僕はどんな顔をしていたのだろう。アレン様が、こんなに気を遣ってくれるなんて。  アレン様がかいた胡座の上に座らされた。僕は横からの視線を浴びながら恐る恐る頷いた。  僕の顔を自分の顎と肩で愛撫するように挟みグイグイとアレン様は顔を擦り付けてくる。それが気持ちよくて、僕は目を細めて息を吐いた。 「あ……、んんっ!」  指が気持ちいいと反応するのを見届けて、アレン様は安堵する。 「良さそうだな……。安心した――」  僕は驚いて、アレン様を見つめた。 「お前は発情で酩酊していたときは、本当に素直だった。と思っていたんだが、あれはただ本能に従っていただけで、俺じゃなくても良かったんだ。正気に戻ったお前は、やはり俺の部屋から逃げるし、俺の事はどうでもいいというし。だから、正気のお前にも求められたくて、少し焦っていた」 「ン……あ、あ、あ……アレン様っ。僕っ」 「お前が嫌がることはしたくないと思っているのに――」 「あ、ああっ! あああ――んぅ!」  声は優しいのに、達ってしまって息の上がる僕に口付けるところは、アレン様らしい。筋肉痛の時も痛いっていうのに、早く楽になるからと言ってグイグイ揉まれるけれど、辛かったのを思い出した。 「僕の知らない僕のことばかり……。まるで僕じゃない誰かに夢中になっているみたいで……」  心と反対に身体は、覚えているから大好きなアレン様に開いて、受け入れようとする。 「どちらもお前だ――。奔放で、俺を欲張って離さないお前も。初めてで戸惑っているお前も――。どちらも可愛い。フェイ?」 「ずるい……です。アレン様……」 「性急すぎたか。お前は朝まで、ずっと俺を欲しがっていたからそのつもりだった」 「僕の身体は、アレン様を欲しがってるんです。それはわかるけれど……」 「おいで、フェイ」  立ち上がり、側に落としていたローブを渡し、僕を呼ぶ。  呆れてしまったのだろうかと見上げると、思いのほか優しい顔をしていた。アレン様は軽がると僕を抱き上げて運ぶ。 「どこへ……?」 「お前の発情が落ち着いているなら、別に急いで身体をつなげなくてもいい……。時間はタップリあるのだから――」  いつもアレン様が本を読んでいるゆったりしたソファに僕を抱いたまま座り、耳にキスをした。 「身体は、辛くないか?」 「はい、大丈夫です。アレン様の身体は筋肉質ですね――」  乗っていて失礼かと思うが、硬くてあまり座り心地はよくない。でもうらやましい。 「αは、筋肉がつきやすいからな。同じように鍛えてもお前はあまりつかなかっただろう?」 「そんなことはありませんよ。ほら、こことか、こことか」 「――引き締まっているな」  言葉を選んでくれたのがわかる。まぁそうだ。僕の立派な大胸筋もアレン様のものに比べたら、ささやかなものだ。 「……ありがとうございます。アレン様、フィリップと決闘したって言ってましたけど、怪我はありませんか?」 「擦り傷だけだ。あちらは、発情してたから、威力は大きいが当たらなければ問題ない」 「随分と嫌われていましたよ。何をやったんですか?」  蛇蝎のごとく嫌っていた。いや、ただ気にいらないというよりは、天敵のようだった。リアン様が狙われたのも、人族と言うよりはアレン様の妹であることが大きいような気がする。トラヴィス様にも敵対心を燃やしていたし。  そういえば、ハイジの話の途中だった。部屋についたら教えてくれると言っていたはずだ。 「何もやってない、こともないが……」 「陛下の子息なのでしょう?」 「身体ばかりでかくて、粗野なのが気にいらなかった――。最初はあの男が王の跡継ぎ候補だったんだ。次第にトラヴィス様の身体の成長が遅れてきて、王の素養ありと認められるまで俺たちは邪険にされたものだ」 「そういえば、個々に群れがあるんですよね。トラヴィス様の群れはルビーだと……」  アレン様の耳に飾られているルビーの飾りは、トラヴィス様の群れの証しだ。 「そうだ――。あの男は、サファイアだった。群れ同志どうしてもぶつかるのはしかたがないんだが、群れに入れというのを断ったのを、ずっと根にもっていて面倒だった」 「誘われたんですか」 「ああ――、というかあの男に限らず、王の跡継ぎ候補には全員に誘われたな。俺は優秀だからな」  実際に優秀なのだろうけど、よく誘ったものだなと不思議に思った。 「なんだ? 俺が誘われたのが意外なのか?」  僕は、思っていることが顔に出やすいらしい。 「えっと……、だって、アレン様ほど優秀だったら、反対に自分が霞みそうですよね」  不満げだった尾っぽが機嫌良さそうに揺れた。  いや、本当にアレン様は凜々しくて、優秀で、強くて……、まるで僕がのろけているようだけど、そうなんだからしかたがない。 「だから目立たないようにしている。剣の大会でも早々に負けるし、政敵を論破してやり込めたりもしていないんだが……」  地味な振りをしているというけれど、僕が仕入れた情報では、アレン様はモテていた。誠実で、真面目で、人当たりが良くて、ちょっとだけ口うるさいけれど、陛下の信頼も厚いという。  間違ってはいないけれど、アレン様はどうやら自身を偽っているらしいと僕は思っていた。 「どうやっても人気者なんですね」  生まれた家だけでも、釣れるのに――。 「真面目で朴訥な振りをしても滲み出るものは隠せなかった――」  真面目で朴訥を目指していたのか、それは無理がある。目つきが、もう朴訥じゃない。 「ハイジは、どうして……」  フィリップがリアン様を狙ったわけは、何となくわかった。トラヴィス様のこともアレン様のことも気にいらなかったのだろう。でもハイジは、何故トラヴィス様を裏切ったのだろう。最初から、ハイジがフィリップの手のものだとわかっていたのなら、リアン様の護衛に推すことはないだろうし。 「ハイジは、フィリップの情人だった。多分、フィリップのために動くだろうと思っていた……」  アレン様が何を言っているのか、理解するのに時間がかかった。 「え……」 「フィリップは、トラヴィス様の治世に不要だったが、理由なく追いやることは出来なかった。あれでも王の子としてカリスマがないわけじゃない。トラヴィス様がいずれ番と出会ったとき、何かがあってはならないんだ」 「アレン……さま……?」  アレン様が目を僅かに逸らしたのは、僕とリアン様に後ろめたいからだろう。  リアン様が絶望に染まった瞳で、僕を見たのを覚えている。  首筋に突き刺さった男の牙に恐怖を覚えたことも、男に対する怒りと、自分の弱さに目眩がしたことも――。  あれは、全て謀(はかりごと)だったのか――……。 「フェイ……」  グッと込み上げてくるものを堪えたら、息が詰まった。怒りなのか悲しみなのかわからないドロッとした塊が気道を塞ぐように感じた。アレン様に抱きしめられたまま、どうにかなりそうな身体を縮めて、掌を握りしめた。 「グッ! フェイ……」  とっさにアレン様の顎に頭突きをくらわせたが、予想以上の痛みに呻いた。 「触らないでください……」 「フェイ、痛そうだが……」  αの顎は、思ったより強靱で驚いたけれど、そんな心配はいらなかった。 「僕の、気持ち……」  アレン様は、僕の師匠で同志だと思っていたのに――。 「わかっている。だが……」  フィリップが言ってたはずだ、アレン様は非情な男だって。敵の方が良く知っているなんて滑稽だ。  僕の気持ちを誰よりよく知っているはずのアレン様が選んだものは、裏切りだったのか。  アレン様が撫でようとした手を、僕は思い切り噛んだ。 「フェイ……」  アレン様は、声も上げない。僕が噛んだって、大したことじゃないんだろう。 「ふ……、ア、アレン様なんか……」  止めようとしても、止まらない涙が落ちた。 「フェイ!」 「嫌い……」  子供のようだと自覚しながらも、僕は気持ちの持って行き場がなくて泣いた。ドンドンと胸を叩いても、アレン様にはきかないのに。  アレン様から降りて、部屋を出て行こうとしたとき、尻尾が力なく揺れているのが見えた。 「服は着替えて行きなさい」  静かな声だった。僕の言葉なんかにアレン様は傷ついたりしないのだ。  僕は、誰よりアレン様を知っていると思っていた。番になって、もっと近づけると思っていた。でも近づけば、僕のアレン様もただの虚構だったと気付いた。  妹である弱いリアン様を愛している、優しく強い兄――。  金で買われたΩを受け入れてくれる誠実な男――。 「フェイ、それでも俺はお前を愛している」  嘘だ……と言いたかった。だったら何故僕達を囮にしようとしたんですかと、聞きたかった。  口を開く事が出来ずに、僕は扉を閉めた――。パタンと渇いた音を立てて閉まった扉は、まるで僕の心のようだった。
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