先制するも戦車閃光

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いや、そんなはずはない。高橋の旅人としての意識は戦車の弾程度では防げないのだ。 戦車の弾の上に乗った高橋は、そのまま葛飾区まで飛んでいった。 弾は不発弾と仮す。無理もない。高橋の旅人としての足さばきが弾の軌道と速さと力を変えてしまったのだから。 葛飾区で弾から降りた高橋は再び歩き出す。 頭に山脈をのせているピエロが大玉に乗りながら近づいてきた。 「高橋さん、あなたの弾さばきは素晴らしい。旅芸人の一座の者です、私は。あなた、素晴らしい能力を私達一座のために使っていただけませんか?」 ピエロは薄気味悪い笑顔を浮かべながら高橋をスカウトしてくる。 「そうですね」 高橋はそう返すだけだ。 高橋がこの言葉しか言えないのは理由がある。 高橋は新宿で生まれ育ったのだ。立派な司会者が観客に向かって今日の機嫌をたずねる人気番組が収録されていたのが新宿だ。この人気番組で観客は必ず「そうですね」と返答していた。 高橋は、この人気番組を観て育た為、人間関係における最善の言葉が「そうですね」だと理解してしまったのである。 現代日本では同意こそが会話の華。「そうですね」以外で有効な言葉は次に高橋が発するあの言葉しかない。 ピエロが「旅は道連れ世は情け」と言ったことに対する高橋の返答がこちら。 「確かに」 これだ。現代日本ではこの言葉さえ吐いていればおおむね良好な人間関係を築くことができる。そんな国の片隅から旅を始める高橋の精神は共感を呼ばないものではある。だからこそ、尊い。 「おお素晴らしい。では私達一座のもとへ来て下さい」 やせたピエロは大玉に乗ったまま軽快に語りかけてくる。ピエロの頭にある山脈から水が流れて行き、ピエロが右手に持つコップに清く正しくそそがれる。 「さあ、旅には水が必要です。飲んで下さい」 「確かに」 そう答えて、高橋は確かとは思えない水を飲み干す。そして眠りに落ちてしまうのだ。
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