第十五章『正武家澄彦という男。』

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 普段当主や惣領の間でのお役目の場合、当主や次代は白い着物で行う。  外でのお役目の場合にはスーツであったり着物であったりするけれど、時々黒い着流し姿になる場合がある。  それは太刀を振るうようなお役目の場合で、ぶっちゃけて言ってしまえば力尽くで祓いを行う時である。  返り血を浴びても目立たなくする為だと私は思っているけれど、よくよく考えれば正武家の人間に触れた不可思議な者たちの返り血はその場で祓われてしまうので痕跡は残らない、なので私の考えはきっと何かが間違っているのだろう。  でも確かに言えることは力尽くで押し切って祓いを行う時には黒い着物だってことだ。  今回は黒い着物に加えて、澄彦さんも玉彦も袴まで身に付けている。  今まで何度も彼らのお役目を見てきたけれど、袴姿は初めてだった。  玉彦の袴姿は何度か高校生の部活で弓道部だったので見たことはあったけれど。  私は隣の南天さんの二の腕を(つつ)き、袴ですね、と言えばそうですね、と答えた。 「私、初めて見ました」 「あぁ。本来ならば役目の際には袴姿なのですが、澄彦様が駄々を捏ねられましてね。以降は簡素なものになりました」 「じゃあ道彦の代までは当たり前に袴だったんですか?」 「そうですね。水彦様の代までは、所謂(いわゆる)紋付羽織袴だったそうです。正装ですね」 「それが段々と正武家では簡略化されていった、と」 「えぇ。しかしそうなったのは近代になってからですね。古式所縁の役目の場合は黒を基調にするのは変わりませんが」 「え? 古式所縁のお役目ってなんですか? ていうかやっぱり黒って意味があったんですか」 「現在は澄彦様も玉彦様もお二人ともお力に長けている方ですので半々ではありますが、水彦様の様に力技で役目を熟す方は葬る意味合いが強かったので葬式のように黒が基調となっていました。対して道彦様の様に宣呪言にて役目を熟す方は、次の生へと送り出すという未来ある意味合いがあり白が基調となっていました。ご存知では無かった?」  南天さんは私が当たり前に知っていると思っていたようで、今さらな質問に苦笑さえ浮かべていた。  澄彦さんも玉彦も私に必要が無いからと言って全く説明していなかったことにまで思い至った苦笑いだった。 「まだまだ勉強しなきゃいけないことがてんこ盛りです」  私はそう言って改めて神落ちと対峙する玉彦の背を見つめる。
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