第十五章『正武家澄彦という男。』

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 人間どもを蹴散らすぞって自分も人間じゃないですか、というツッコミを胸の奥に押し込み、私は澄彦さんの袖を引く。 「乗っ取るってどうやってですか……」 「やって出来ないことは無い。で、どうやって動かしてたの? というか比和子ちゃん。出歩く際は僕か次代か稀人を伴うようにって約束してたじゃないか! どこに行ってたの」  腕組みをして頬を膨らませる澄彦さんに何から説明すればと見つめながら考え、夜行を崩さないように常に手足を小さく動かしていると、様子を観察していた澄彦さんがわかったっと言って両手を叩く。  そして私の胸元に温かな手のひらを当てて、口元を黒扇で隠した。 「どこのどいつがうちの嫁にこんな事を仕出かしたんだ」 「……涛川の、枯れ木女です……」  私が俯いて言えば、澄彦さんは顔を曇らせた。 「それ。手紙にもあったけど、こけしの事かい?」 「え? 違います。華子じゃなくて、付き添いの女性ですけど……」 「涛川の中に女性は華子一人だけだろう?」 「え……? 居たじゃないですか。当主の間で、華子の隣に!」 「『居なかった』よ。あの場に居た家の者全員に確認を取り、南天が涛川に滞在する者の名簿を提出させていた。女性は一人しかいない。名も顔も名簿と一致していた。人数も」 「そんな……っ!」  男性がほとんどの涛川一派の中で、女性の華子のお世話をするのにやっぱり女性が一人はいるんだな、とあの時私は思ったのだ。  そして母屋裏の井戸で、彼女は水さえ飲んでいた。  私に呪を刻んだのだ。 「いやはや。厄介なものが紛れ込んでいるとは思っていたけど、南天にも視えていなかったとなると本当に厄介なものだなぁ。まぁ、でも何とかなるでしょ。なるなる」 「澄彦さん……」 「大丈夫大丈夫。瞬殺するよ、僕じゃなく次代がね」  澄彦さんはのほほんと言って私の背後に回ると、操り人形のようにして私の手足を動かし始める。  動作に呼応するように夜行が動き始め、次第に夜行の指揮権が澄彦さんに移り出して私を必要としなくなる。  隣で様子を見ていた太郎坊は、夜行の乗っ取りなんて聞いたことがないと苦笑いしていた。
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