第十五章『正武家澄彦という男。』

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「この百鬼夜行は僕に任せて、君は次代の元へと行きなさい。呪を取り除き、神落ちに備えよ、神守の者よ」 「……はいっ」 「神落ちはすぐにでも君を追い駆けるだろう。呪を祓う時間は僕が稼ぐ。今の次代ならば数秒で終わらせることが出来るだろう」 「え?」 「先日、ようやく揺らぎが戻った。ここ数日役目も無く消費することもなかったから、蓄えられているはずだ。僕の見立てでは呪と神落ち、厄介なものを祓ったとしても再び揺らぎが無くなることはないと思っている」  玉彦の揺らぎが戻った……。  私が居ない間にまた寝込んでしまっていたんだろうか……。  小町の家を訪れた時、少しだけ窶れていたように見えたのは熱がまだ引いていないのに身体を動かしてしまったせいなのだろう。  澄彦さんに聞きたいことは色々あって、言いたいことも沢山あったけれど、私は振り向いて両腕で澄彦さんに抱き付いた。  ゆっくりと頭を撫でてくれた澄彦さんは、隣の太郎坊に手招きをして呼び寄せる。 「すまないが、彼女を次代の元まで運んでくれ。金魚天狗」 「変なあだ名をつけるんじゃねぇ!……でください……」  天狗としての彼は強気だけれど、蔦渡くんとしての彼は正武家の澄彦さんを前にしてちょっと畏まる。 「金魚天狗、良いじゃないか。前の奴は屋敷の塀の上から落っこちたことあるから落下天狗だったんだぞ」  空を飛ぶ天狗に落下天狗とか、不名誉極まりない命名である。 「俺の名前は太郎坊。偉大なる鈴白大天狗の跡継ぎだっ!」 「あぁ落下天狗が大天狗に出世したのかぁ。あの子供天狗がなぁ」  感慨深げに言う澄彦さんが私の背を押し、太郎坊へと送り出す。  私は差し出された太郎坊の手を取り固く握りしめた。 「必ず無事に届けてくれ。彼女は五村の(かなめ)を生む。要なくして五村のあやかしの安寧もないと心得よ」 「承知した。行くぞ、上守」  ふわりと浮かび上がった私たちを見上げた澄彦さんは片眉を上げて、上守、ねぇ……と呟いた。  太郎坊の正体が少しだけバレてしまったのかもしれない。  そして私が知っていることも。  太郎坊は自分が口を滑らせた事に気付きもせず、私を抱えて夜行の上方から飛び出した。  刹那、ずしりと身体に重力が掛かる。  生暖かい空気から、夜のひんやりとした空気に晒されて身震いする。  やっと、玉彦の元へと帰れる。やっと!
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