第十五章『正武家澄彦という男。』

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 冷たい風を頬に受け、目も開けていられない程の勢いで急降下する中。  私たちの後方で神落ちの咆哮が聞こえる。  夜行の囲みから逃げ惑い、私を見つけて追い掛けてくる合図だ。  ここから太郎坊と神落ちの追い掛けっこが始まる。  私を捕まえるのが先か、本殿に逃げ込むのが先か。  太郎坊に頼れるのは石段の上にある表門までだ。  そこからは自分の足で本殿へと向かわなくてはならない。  枯れ木女と対峙している者たちはどこにいるのか。  そこを避けて本殿へ、最短距離で。  短い時間でシミュレーションしていると、太郎坊が大声を上げた。 「玉様、発見!」  その言葉で私の頭の中にあった計画が全て消え失せる。  風の抵抗に逆らって薄く目を開ければ、石段の最上、表門の手前で両腕をめい一杯広げて黒い袴を履いた玉彦が待ち構えていた。  彼が両腕を私に向けて広げるのは、飛び込んで来いの合図だ。  段々と距離が縮み、こんな時なのに満面の笑みを浮かべているのがわかる。 「あの玉様が笑ってる……」  ちょっと引き気味に呟いた蔦渡くんは両腕で私の腰を掴むと、前方へ狙いを定める。 「気張れよ、上守! まだ何一つ終わってないからな!」 「合点承知よ! ありがとう! つ、太郎坊!」  返事と同時に身体から腕が離され、私は両腕を広げたまま落下する。  背中にパラシュートも背負わずの落下だけれど大丈夫。  受け止めてくれる腕が必ずある。  お互いの視線がかっちりと合わさる距離、あともう少しで触れ合える距離。  安堵と共に油断した私の足先を、力強い何かが掠めた風圧。  同時に再びの咆哮と澄彦さんの高笑い。  そして。 「これ以上、面倒事は勘弁してくれよ! バ上守!」 「そういう言い方はちょっと無いんじゃないかな。でも右に同じ」  緊張感も何もない豹馬くんと須藤くんが玉彦の前方に躍り出て、錫杖を構えながら私の後方へと姿を消す。  彼らの行方に目もくれず、私は玉彦の胸に飛び込む。  物凄い勢いで飛び込んだにもかかわらず、玉彦は一歩も揺らがずに私を受け止めた。
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