第十五章『正武家澄彦という男。』

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「いっ、いだい、痛いぃぃ」 「なんとも複雑怪奇な呪である」  玉彦は指先を離して、今度は唇を寄せて渦黒子に触れる。  するとそこから熱い何かが私の身体に流れ込む。  高校生の時に鈴白が私に憑いたのを追い払った時と同じ熱さだ。 「あっ、あづい、熱いぃぃ」  私の訴えに無視を決め込んだ玉彦はゆっくりと息を最後まで吐き出すと唇を離す。  徐々に身体から熱が発散されると共に痛みが消えてゆき、胸を見れば渦黒子も徐々に薄く消えてゆく。  完全に消滅するまで見つめていた玉彦は襦袢の襟を戻そうとして手が止まる。  何度も私の首筋を撫で、袖を捲って腕を確かめ、しゃがみ込んで裾を持ち上げたので慌てて両手で押さえると、玉彦は怒りの形相で立ち上がる。 「な、なによ……」  怯んだ私に一歩にじり寄り、身体のあちこちを指差して声を荒げた。 「なぜ、そこここに、怪我をしている」 「転んだのよ」 「嘘を吐くな」  そう言った玉彦は今度は両手で私の頭を掴むと、髪の中に指先を潜り込ませて瘡蓋を発見したのか目を見開いた。 「あ、頭をどっかにぶつけたのよ」 「……」 「ぶつけたの!」  言い張る私に溜息を()きつつ手を離した玉彦は、腕組みをして眉間に皺を寄せたまま目を閉じて夜空に顔を向ける。  間違ってもここで五村のあやかしたちと一悶着あったことは言えない。  言ったら最後、神落ち諸共集まってくれた夜行ごと玉彦が祓ってしまう恐れがある。  これは猩猩の猿助が恐れていたことだ。
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