第十五章『正武家澄彦という男。』

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 澄彦さんが頭となった三百体、厳密には二百九十九体の百鬼夜行は、私が核になっていた時よりも回転の威力が増して、ぐるぐると回る洗濯機のようになっていた。  中のあやかしたちは無事なのだろうかと心配になったけれど、通りすがる彼らの表情を見れば楽しんでいるのは明らかだった。  ついでに時々澄彦さんの高笑いも聞こえてきて、鳴丸が私に教えてくれたように核となっている者のテンションがそのまま夜行に反映されている。  私を追って石段を駆け上がった神落ちは、後方を夜行に押さえられ、前方は現在豹馬くんと須藤くんが対応している。  左右に逃げられない様にあやかしの長たちの夜行も来ていたけれど、美藤と狸の釜田の夜行は神落ちではなく白い装束の涛川一派と対峙していた。  夜行から離れた蔦渡くんが飛び回り、周囲のあやかしたちを山々に退避させたのでこれ以上彼らに被害は出ないだろうと思いたい。 「動きますよ」  南天さんの囁きに前方を注視すると、太刀を両手に握り直した玉彦が深く腰を据えたのがわかった。  背中を澄彦さんの夜行に押され、前に進むしかない神落ちを豹馬くんと須藤くんが抑え込む。  しかし玉彦が構えたことを悟った二人は神落ちの腕と拮抗していた錫杖を僅かに下げて、石段の両脇へと飛び退る。  玉彦と神落ちの間を遮る物は何もなくなった。  三メートルほどの距離を一気に詰めてきたのは神落ちで、玉彦は太刀を斜めに構えて振り上げられた血みどろの左腕を受けた。  稀人二人が抑え込んでいた神落ちを、大天狗ですら押されていた神落ちを、玉彦はなんなく受け止め、一歩も引かずに太刀を振り下ろした。  そうして呆気ないほど簡単に切断された腕が宙を舞い、高く弧を描いてどしゃりと石段に落ちる。  五村のあやかしたちがどんなに頑張って攻撃を仕掛けても強大な力で振り払われ、傷を負わせる事は出来たけれど致命傷を与えることすら出来ずに餌食になっていたのに。  正武家が特別なのか手にした太刀が異質なのか、思わず南天さんを見る。  すると南天さんは、あぁいうものです、と事もなげに言って私の質問を封じた。  私に聞かせたくない由縁のものなのかもしれない。
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