第十五章『正武家澄彦という男。』

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 たった一人の人間に窮地に追い込まれた神落ちは、夜行の囲みから逃げようとしたように再び逃げの姿勢を見せて、石段を駆け下りようとしたけれど、行く手を澄彦さんの夜行と豹馬くんと須藤くんに阻まれた。  そうするともう逃げ道は前方にしかなく、神落ちは一瞬だけ動きを止めて身を翻すと玉彦目掛けて突進してくる。  瓦解する石段を気にもせず、真っ直ぐに向かって来たはずの神落ちは玉彦の目前で半歩横に逸れ、表門の前で様子を見ていた私と南天さんと直線で結ばれてしまった。  突然の出来事にぎょっと目を剥いた私とは反対に、南天さんは然したる動揺も見せず動かない。  反応できないのではなくあえて動かない様子の南天さんの陰に素早く隠れつつ、すみませんと小声で謝っておく。 「私が動く前に、あ、来ましたね。遅いですよ、高彬。どこで道草していたんですか」  玉彦が神落ちの正面に身体をゆらりと動かして移動したのと同時に、多門の様な黒いスーツ姿の高彬さんが石段の林の中から私と南天さんの前に転がり出てくる。  泥に塗れて肩で息をしている高彬さんは、神落ちを目の前にして一瞬仰け反ったものの、後ろに束ねていた金髪を結わい直して右足を軽く引いて、格闘家の様に構える。 「どこでって……そこここで涛川の奴らと遭遇しちまってですね」 「言い訳は結構ですよ。玉彦様が御出座しになられたら何を差し置いてでも駆け付けるようにと教えたはずですが」 「そりゃあ教えてもらいましたけど、時と場合ってやつが……」 「言い訳は」 「スミマセンデシタ!」  何となく南天さんの背中が九条さんのものと重なって、俯いて目を閉じる。  目がじんわりと熱を持ち、先日会った時の事を思い出す。  私が正武家に居なかった期間に、お屋敷で何があったのかはわからない。  神落ちを追う際に高彬さんは南天さん預かりとなっており、二人の間に何かがあって、今こうして微妙な師弟関係になってしまったことが窺える。  一体私が居ない間にお屋敷では何が起こっていたんだろう。  玉彦も揺らぎが戻る過程で一度は寝込んだはずだし、私も行方不明で、涛川一派は離れをうろついているし、お役目は澄彦さんが白紙にしたので支障はなかったはずだけれど、少し考えただけでもカオスな状態だったに違いないと思える。
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