第十五章『正武家澄彦という男。』

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「いやぁ、ここはとんでもなくおっそろしいところですなぁ」  おっとりとした声に振り向くと、涛川一派の頭である恒夫が例の乳白色の膜をぶよんぶよんさせながら腕組みをして石段脇から姿を現した。  白装束ではなく、普通の鼠色の着物に羽織を肩に掛けて、自分は一切関わり合いになりませんよ、というような風体だった。  恒夫の登場に流石に南天さんも顔を顰めて、けれど直ぐににこやかな表情に戻る。  私の肩を抱き、警戒心を覗かせると、恒夫は腹を揺すらせて笑った。 「そんな身構えなくても。にしても、奥さん、生きてたんですなぁ。ずっとお姿が見えなかったもんでもうぽっくり死んだもんだと思ってましたわ」  笑う恒夫の目だけ黒い虚のようで、ぞくりと背中に悪寒が走った。  私の姿が数日見えなかっただけで、普通死んだとか思う?  ううん、絶対に思わない。  離れに居なくても母屋に居るんだろうくらいにしか思わないはずだ。  しかも死んだって。  当主の間で普通の健康状態でいた私を知っていたはずの恒夫が、私がぽっくり死ぬとどうして思えたのか。  もしかしてあの枯れ木女は。  華子の何かではなく、恒夫が仕掛けたものだった?  でも枯れ木女の口ぶりは、明らかに華子に肩入れするものだった。  それに跡継ぎを兄妹どちらかにする為に神落ちを追っていたはずで、恒夫が華子に肩入れするっていうことは、そもそも跡継ぎは華子ってことで神落ち討伐を警察から引き受ける必要はなかった。  一連の流れのどこかに矛盾点があるはずなのに、私には見えない。  恒夫が描いた絵図の本意はどこにあるのか。  一体何を企んで、神落ち討伐を、そして五村へと繰り出してきたのか。  神落ちの件に関しては警察からの依頼、けれど五村への流れは本当に偶然にすぎないはず。  今回の一連の出来事はどこからどこまでが恒夫の掌の上だったのだろう。
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