第十五章『正武家澄彦という男。』

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「あの、くそ父上め!」  尊敬しているのか何なのか良く解らない呼び方で、夜行を操る澄彦さんに悪態をついた玉彦は太刀を振るい、再び私の目前に迫った神落ちを背後から呆気ないほどあっさりと一太刀に沈めた。  それでも両断とまでとはいかなくて、這いずってでも私に手を伸ばした醜悪な姿がいつかの白猿、猿彦のものと重なったけれど、私は手を差し伸べたい感情が浮かばなかった。  返り血を浴びた玉彦は気にする風でもなく血に塗れた太刀を南天さんに無造作に放り投げると、受け取った南天さんは鞘へと納める。  お役目に関して玉彦はいつも懇切丁寧に行うのだけれど、今回の事案に限っては散々色々な人たちに進行を妨げられ、集大成のこの場において当主である澄彦さんが先頭になって場を荒らしたことに、より一層の不快感と苛立ち、怒りが沸いたようで動作が若干乱雑になっていた。  両腕を広げ、神格を鎮める素振りを見せた玉彦は、私の僅か後方に居た恒夫を一睨みして瞼を閉じる。  もうこれ以上邪魔はするなよ、という玉彦の無言の牽制に恒夫は身じろぎもせず、むしろ動きたくても下手に動いたら何をされるかわからないと言った状況のようで、微動だにしない。 「比和子さん」 「はい?」  小声の南天さんはまっすぐ前の玉彦から視線を外さず、背後の恒夫に聞こえないように囁く。 「後ろに動きがあった場合、躊躇なく『止めて』ください」 「えっ……」  思わず振り返りそうになって南天さんが私の二の腕を掴む。  恒夫は動く素振りを見せないし、そもそもあの乳白色の膜を纏った彼に眼が通用するのか疑問が残る。  でも神様じゃないし人間だし、何らかの効果は見込めるだろうけども。
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