第十五章『正武家澄彦という男。』

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 玉彦の神落ちを祓う宣呪言が終盤に差し掛かったのだと、周囲の山々が仄白く発光し始めたことで私にも解かった。  このあと五村の深い山々のどこかから山神様の白い手が伸びて来て神落ちを連れて行くのだろう。  元々は山神様関連の神使だったようだし、最後は上司が責任を持って部下にお沙汰を下すに違いない。  どのくらいの間、この猿の化身の神使が壺の中に居たのかはわからない。  一人ぼっちで何年も孤独で、ようやく外に出て変わり果てた世界を見て何を思ったのだろう。  自分たちが駆け回っていた土地は人々に開墾され、仲間も既に居らず、自身が感じることの出来た神様も見当たらなかったかもしれない。  だから本能に従い、(つがい)を求めたのには、子孫を、という考えもあっただろうけれど、孤独を埋めるためもあったのかもしれない。  そう考えると、もっと他に道は無かったのかと思ってしまう。  堕ちてしまう前に、番に出会えていたなら。  壺から解放された時に、そのまま力なんて得ないで朽ちていたなら。  山々を彷徨っている最中に、御倉神のような神様に遭遇していたなら。  誰も傷付かず、死なずに過ごせたかもしれないのに。  目の前の僅かに動く弱り切った身体でそれでも宣呪言に抗う神落ちがとてもちっぽけで可哀想に思えてくる。  散々悪事を重ねたけれど、こいつにもこいつの理由があって、でもやっぱり人間の世界では淘汰されてしかるべきで、もっと昔だったなら別の結果だったかもしれないけれど、最終的に五村を護る役目を担った正武家のところへ来てしまえば一緒かもしれないし、そこのところは誰にも解からない。  たらればの話をどれだけ考えても、今目の前にある現実が全てなのだ。  憐憫の情を持って神落ちを見つめていると、段々と無意識に目が熱くなり、視界を何かの影が頻繁に横切る。  それは私の後方から現れて玉彦の方へと向かって行き、触れる寸前で消えて、再び私の後方から現れて同じことを繰り返す。 「んんんん~?」  目に埃でも入ってしまったのかな。  指先で数回目を擦ってみても影は変わらずに何度も横切る。  そんな私の様子に気付いた南天さんが肘で二の腕を軽く押す。 「視えてます?」
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