第十五章『正武家澄彦という男。』

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「女性ですけど、すみません!」  そんな律儀な竜輝くんの言葉と共に、どかりと鈍い音が聞こえて、もう一度どさっと聞こえて、私の足元の脇を何かが玉彦目掛けて飛び跳ねながら転がり落ちる。  今宵は新月で、先ほどまで山神様の手の輝きや鴉や天狗たちの松明のお陰で周囲を難なく見ることが出来ていたけれど山神様が去り、あやかしたちが逃げていく中、松明の明かりは既に無く、田舎の夜は暗いもので私は一体何が転がって行ったのか分らなかった。  けれど南天さんが今です、と言ってくれたので眼に渾身の力を籠めて発動させる。  勢いよく転がっていた塊は尚も転がり続け、玉彦は面倒臭そうに袴の片足を上げて特大のサッカーボールのようなものを受け止める。  既に背後から放たれていた黒い呪を纏った靄が止まっていたので、転がり落ちたものは枯れ木女だと解かってはいたけれど、玉彦の元に駆け付けると彼の足元には枯れ木女と恒夫が絡み合って倒れ込んでいた。  有路市で私に止められた下っ端同様、二人は眼球だけ動かして覗きこんでいた私と玉彦を見上げる。 「なるほど……。いきすだまであったか」 「え? 何?」  合点が云ったと頷く玉彦の袖を引っ張り、説明してよと催促すれば、再び面倒臭そうにしたけれど私に蘊蓄を語り感心されて鼻を高くするのが好きな玉彦は口を開く。 「俗に云う『生霊』というものだ。生きている人間から魂だけ抜け出したものだ」  玉彦がそう説明して、私が初めて見たわーと感心していると、もごもごと口を動かしていた恒夫が反論する。  眼球だけ動かせていたのに口まで動かせるようになるとは三下でも(かしら)だけあって、腐っても鯛である。 「キョウコは生霊ではない! 生き神様だ!」 「生き神様~!?」  思わず反芻してしまった私に玉彦が眉を顰める。  そして恒夫を見下ろし鼻で笑った。
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