第十七章『蛇の眷属』

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 真剣にお願いして目を開けると、玉彦が私の顔を覗きこんでいた。  後ろに緩く結わえていた髪がさらりと肩から流れ落ちるほど覗きこんでいる。 「な、なによ」 「余計なことは祈っておらぬだろうな」 「余計なことって何よ。失礼ね」 「ならば良い。……少しこの場で話をしておきたいことがある」  そう言って玉彦は袂から生成の手拭いを取り出して、私のお尻の下に敷いてくれた。  ありがとう、とお礼を言ってから腰を下ろす。  玉彦の着物の袂には、実は色々と仕込まれていて、黒扇や赤紐の鈴、手拭いを始め、時には全然使わないくせにスマホが入っていたり、飴玉の包みが数個あったりもする。  そんなに物を持っているともっさりとした袂になりそうだけど、袂の中には袂落としというものがあり、小さなものなら難なく持ち歩けるのだそうだ。  時代劇とかで袂から男の人が小銭を出す時にちゃりちゃり音がしないのは袂落としのお陰で、袂の中に首からぶら下げた袂落としがポシェットの役割をしているからだと玉彦が教えてくれた。  着物にも私が知らないことは盛りだくさんだ。  私に手拭いを敷いてくれた玉彦は、自分のお尻が汚れるのは気にせず姿勢正しく胡坐になった。  腕組みをして夜空を見上げること数秒。  一人で頷き何かに納得をしてから口を開いた。 「行平の妻は普通ではない」 「……いや、ちょっとあんた。いきなりすぎるでしょ、唐突過ぎるでしょ、失礼すぎるでしょ。どこから話を始めてんのよ」  私のツッコミに、もう一度考え込んだ玉彦は先ほどの言葉を言い直す。 「行平の妻は人間ではない。しかし人間である」 「……何かのトンチかしら」 「事実である」  数少なすぎる玉彦の言葉を考え、私は一つの仮定を口にした。  ありえない、とは思う。  でもそれが有り得ちゃうのがこの五村である。  通山でも会うことがなかった行平さんの奥さんの話がここで出てくるってことは。
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