序章

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 私は箪笥の前から走って、玉彦の背中に後ろから抱き付いて頬を寄せる。  前に回された腕に遠慮がちに恐る恐るといった感じの玉彦の指先が触れる。 「比和子……」 「いってらっしゃい」 「……うむ」 「帰って来たら、話し合いだからね」 「承知した」  腕の中でくるりと振り返った玉彦は私を一度きつく抱くと、離れて襖を閉めた。  ほんと、手の掛かる旦那様だ。  正直溜息を吐いてしょんぼりしたいのは私の方だ。  何の相談もなく結婚記念日の旅行をキャンセルし、訳の分からない約束を優先させた玉彦。  彼の中ではそれが正しいことだと疑いもしないから、タチが悪い。  確かに約束したことを守るのは大事なことだ。  でもそれは時と場合によると私は思う訳よ。  実際朝餉の席での澄彦さんも私と同じ反応をしていたから、世間一般の認識はそうだと思うのよ。  考えれば考えるほど沸々と怒りが再び揺らめきだして、私は素早く着替えると表門からお屋敷を飛び出した。
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