序章

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「で、頭突きをした。と」 「うん。だって酷いでしょう!?」 「そうよねぇ。あんまりよねぇ。女心を汲み取れないっていうのは、正武家の伝統なのかしらねぇ」 「玉彦の場合、女心以前に人間の気持ちが、です」 「身も蓋も無いことを言うな、おぬし」  私が今話し込んでいるこの場所は、正武家のお屋敷から徒歩で三十分ほど離れたスズカケノ池。  その昔、正武家の当主だった鈴彦と彼の惚稀人だったお竜が人柱となって厄災を鎮めた池だ。  新年の儀で鈴彦に池を訪ねろとお誘いを受けてから、私は気が向けば一人で、たまには玉彦とスズカケノ池を訪れては鈴彦とお竜に会いに来ていた。  と言っても主に話をしているのは私とお竜で、鈴彦と玉彦は大人しく耳を傾けているのがいつものパターンである。  鈴彦はいつも紺色の長着にお祭りで売っている狐のお面を頭に乗せて、お竜は白いワンピース姿だった。  彼らの時代にはワンピースなんて無かったのだけど、時々池を訪れる人間たちの可愛らしい格好を真似たとお竜は教えてくれた。  なのでその日の気分により、着物だったりワンピースだったりするのだそうだ。  そうして本日、怒りが収まらない私は誰かに話を聞いてもらいたくて、ここを訪れた。  いつもならお祖父ちゃんの家に駆け込んで、光次朗叔父さんの奥さんの夏子さんに愚痴るのだけど春は畑仕事が忙しいので邪魔をするわけにはいかない。  かと言って豹馬くんと結婚した親友の亜由美ちゃんは結婚後も村役場で働いているので捉まらないし、もう一人の親友の那奈はお屋敷の離れで仕事をしている。  そうなってくると気軽に玉彦のことを愚痴れるのは、ここしかなかったのだ。
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