裏切りの存在

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裏切りの存在

「珍しいな。お前達、二人だけで私の元へ訪れるなんて」 「まあね」 「たまにはルナ抜きでもいいでしょう」 ソファーに座ったマカの向かいには、ヒミカとアオイの二人がいた。 大人の女性のヒミカと、小学生の男の子のアオイの二人が一緒にいるのを見るのは、はじめてだった。 しかも二人一緒に、マカのマンションに来るのもはじめてだった。 「それぞれ相方を連れていないとは珍しい。どうしたんだ?」 「キシとルナは二人で別作業中よ。…ちょっと調査で引っ掛かることがあってね」 いつも無表情に近いヒミカだが、今日は真剣さが違った。 アオイも苦笑している。 「マカ、頼まれていた同属の調査の件でね。ちょっと嫌な可能性が出てきたの」 「嫌な可能性?」 ヒミカの言葉に、マカの表情も険しくなる。 「そう。…裏切り者の可能性が、ね」 「裏切り者…」 口の中で呟き、マカはため息をついた。 「まっ、ありえんことではないな」 「そうね。でもそれが幹部にいても?」 幹部という言葉を聞いて、視線をヒミカからアオイに向ける。 「ルナとも話し合いました。ですがその可能性が高く、そのせいでマノンさん側に情報が漏れているのではないかと…」 「マノン側に属する者がいるというのか?」 さすがにこの可能性は考えていなかった。 思わずソファーから身を乗り出す。 「あっ、あくまで可能性です。しかし…最近のマノンさんの動きを見ると、明らかにこちらの情報が漏れている可能性がありまして…。しかも幹部クラスの重要な情報が漏れているとルナが呟いていました」 「ルナが…」 見た目は10歳の美少女のルナだが、本当は420歳の幹部だ。 彼女が言うのならば、裏切り者の存在はいろんな意味で大きいだろう。 「…確かに、クイナが襲撃されたり、シキのことを庇い立てするような行動を見る限り、こちらの情報が向こうへ流れていると考えた方が良いだろうな」 犬神使いのクイナ、そして同属でありながら離属したシキのことは、内部で極秘として扱っていた。 なのにマノンは現われる。 「能力者狩りのことと言い…。大分向こうに情報は流れているんだな」 「そうね。特に同属じゃない者の能力者の情報はトップレベルの秘密。幹部でなければ知りえない情報を、マノンは知っているんだものね」 ヒミカは深く息を吐き、前髪をかき上げた。 「ぶっちゃけ、マカの方で心当たりは?」 「残念ながら一部の幹部を除き、あとは全て私の敵だと思ってる」 「あっそ」 呆れながら肩を竦めるヒミカだが、その本意は知っていた。 現当主であり、マカの祖父は、マカが生まれてすぐ次の当主として決めた。 そこに同属達の反感はもちろんあったし、今でも完全には消えていないことを知っていた。 「でもマノンさんに加担して、何の得があるんでしょうね?」 「ああ、それは簡単なことだぞ。アオイ」 「えっ?」 マカはソファーに寄りかかり、腕を組んだ。 「私ではなく、マノンを次期当主にしたいのさ」 「マノンを? …ありえない。確かに力は強いでしょうけど、あのあり方は認められないわよ」 ヒミカは思いっきり険しい声で言い放った。 「確かにな。しかし元々ウチの同属達は、力社会だ。私が今でこそ仕方なく認められているのも、同属の中では指折りの力の持ち主だからだろう?」 「それはっ…!」 「マノンは私の対だ。力としても血縁者としても、次期当主としては申し分ないのは、アイツも同じだからな」 「…むぅ」 ふくれるヒミカの姿を見て、マカは苦笑した。 「まっ、裏切り者の魂胆は目に見えている。自分では当主になることは難しい。しかも私が次期当主では、自分は甘い汁を吸えない立場。だからこそ、マノンを利用しようとしているんだろう」 「でもマノンは簡単に利用させてくれるヤツじゃないでしょ?」 「そりゃそうだ。利用した後、喰らうのがオチだな」 「恐ろしい人ですね」 アハハと苦笑するアオイを見ながら、マカは二度目のため息をついた。 「アレは簡単には心を許さないだろう。私の対であり、あの両親の子供なんだからな」 「…でもマサキさんもカノンさんも、今は動けないんでしょう?」 「監禁しているからな。絶対に何もできないように閉じ込めている」 元々マノンがよみがえったのも、あの両親の身勝手からだった。 自分の死んだ子供を近くにいてほしいと望んだ母親と、それに加担した父親。 今思い出しても、苦々しい思いだ。 「でもさ、原因はマカにもあるんじゃない?」 「何がだ? 言っとくが二人の側にいられなかったのは、祖父のせいだぞ? 生まれてすぐ、引き離されたんだからな」 「それは知ってる。けどその後、会おうと思ったら会えたんじゃないの? アンタ、少し避けてたでしょう?」 「…否定はせんがな。しかし精神を病んだ母親に、好んで会おうとする子供はなかなかおらんぞ」 「それでも寂しかったと思うわよ? カノンさん。ただでさえ、会える者は限られていたんだし」 「ふんっ」 ソッポを向いてしまったマカを見て、ヒミカは肩を竦めた。 「まあまあ。とにかく裏切り者のことは今、キシさんとルナの二人で調査を続けています。僕とヒミカさんも調査に戻りますね」 アオイは立ち上がり、ヒミカの腕を引っ張った。 「…そうね。それじゃあ新しい情報が入ったら、また連絡をするから」 「ああ」 二人が出て行った後、マカは深く息を吐いた。 「裏切り者、か。…本当に何が目的でマノンに協力しているんだか」 マカは立ち上がり、窓を開けた。 生温い風が、マカの頬を撫でる。 暗くなる空に、赤い三日月が浮かんでいた。
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