最終章、さみしくない

38/38
50人が本棚に入れています
本棚に追加
/180ページ
「そうじゃそうじゃ、天竺に着いた後は皆仏や菩薩になるんじゃったの。経典には題名がなくて完成させられないから、この者達自らの希望で都を守る守護獣となるんじゃ」 更に巻物を広げると、極楽浄土より長安に戻る一行の姿が描かれていた。 「そなたは腐っても陰陽師、安倍晴明殿が使役しとるこの都を守護する四聖獣のことはしっておろう」 「北に玄武、東に青龍、南に朱雀、西に白虎でございますな」 「そうじゃ。じゃが長安の都では四聖獣は違ったものとされている。北に天龍、東に金身、南に闘仙、西に浄壇。それぞれ龍、猪(豚)、猿、河童の霊獣の姿をしておる」 あの者たち…… 万象はあれから先の弟子の活躍を知り感慨にふけるのであった。 「そして中央にはこの者たちを束ねる菩薩様がおられる。釈迦如来様より名前をいただけるはずだったのだがその名前を拒否して自分で名をつけたそうじゃ」 「ほう、どのような」 万象はその名前に予想がついていた。 「確か花真寿礼歩尼瑠万象菩薩(ふぁますれいぷにるばんしょうぼさつ)じゃったかな? 長安の民は長すぎて覚えておらんらしいがな」 万象は心の中で予想が外れたことを大笑いした。まさかスレイプニルのみならず私のことまで忘れていないとは。目に涙が溜まるがそれを必死に耐える。 「長安の都は今は単なる地方都市だけど、こうして平和に栄えてるのはかの神様達のおかげなんだってさ。宋の子供なら誰でも知ってるお話なんだって!」 「ところで、どのような方がお書きになったのでしょうか」 「書いた人なんて気にしないじゃろ? あ、でも船乗りが何十年も前に書いたお話が元らしいぞよ」 「あ……」 万象は帰りの船の中のことを思い出した。そう言えば何十年も前に船員に旅の話をしていたことを今更ながらに思い出すのであった。 「何十年も前に書かれた話を色んな作者さんが書いてるから旅の内容とか変わってるかもしれんの…… 一番始めに書かれたもの(初版)は三蔵法師様が人を小馬鹿にしたような笑い方をする男だったり、馬も8本脚だったりで滅茶苦茶なのじゃ。一番始めに書かれたものは読んだことはないから噂話にすぎんがな」 万象が船の中で船員に話したことは初版として書かれた。つまり万象を三蔵法師とした旅である。この内容は巻物になっており、あまりに古く存在こそあるが「伝承」程度にしか知られていない。 今読んだ話はおそらく万象が皆と別れた後に、皆が再び長安から天竺への旅に出た話だろう。先述の「伝承」と似たような話であるために人々も受け入れやすかったのだろうか。 仕事を終えた万象は屋敷を出た。烏帽子が傾き落ちそうなぐらいに首を傾け空を見ると雲が流れていた。その空は唐の広大な平原を歩いているときにみた空によく似ている。 かつて同じ空を見ていた旅の仲間たちに万象は語りかける。 「あなた方がいたから旅が寂しくなかった」                                  終劇
/180ページ

最初のコメントを投稿しよう!