最終章、さみしくない

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そこから更に数十年後…… 国風文化の風が吹き荒れ貴族達が我が世の春を謳歌する平安の世。この世においてこれを嘲笑う男がいた。 この男の名は西京院万象…… 京の都にてヤミ陰陽師をしている最強の陰陽師である。 万象は今日も今日とて飄々とヤミ陰陽師として生業を行う。そんな中、頭に唐菓子の詰まったような貴族の娘の占いを引き受けるのであった。この娘の父親は宋と私的に貿易をしていたために、屋敷には舶来品が山のように転がっていた。 「陰陽師の恥さらしと聞いておるからあまり期待はしておらん。今回のこと、他言無用でたもれ」 「いえいえ。物探しは得意ですから」 今回の依頼は占いであった。だが、吉凶などではなく単なる「物探し」である。貴族の娘が塗籠のどこかに置いた物語の巻物を久々に読みたいと思い塗籠内を探したのだが、見つからない。このような下らない頼みを陰陽寮の陰陽師にしたことが知れれば貴族共の物笑いの種、そこでヤミ陰陽師の万象の白羽の矢が立ったのだった。 物探しそのものは簡単であった。屏風の付喪神にお伺いを立てるだけである。 「この屋敷の姫君が巻物を探しているのですが…… 題名は「ごとざうえす」の最終巻だとか」 「ああ、うちの姫様はお掃除もせずに何でもぽいぽいと投げ捨てますので…… 箪笥の裏に転がってますよ」 万象は箪笥の裏に転がっている「ごとざうえす」を念動力で引き寄せ、頭に唐菓子の詰まったような貴族の娘に手渡した。 「おう! これじゃこれじゃ! 久々に読みとうなっての!」 「ほう、絵巻物でございますか」 「この物語の結末が気になっての。読みたいと思った時に巻物(漫画)はどこかに消えておるもんでの」 「ありますあります。ところで「ごとざうえす」とはどのようなお話ですかな? 私、絵巻物には明るくない故に」 「全く、ヤミ陰陽師などしとるから妻にも子にも縁遠いから絵巻物にも触れる機会がないとは可哀想よの」 「ふふふ」 その冷笑には珍しく怒りが込められていた。 「唐の国の話じゃ。立派な三蔵法師と言う尼僧が荒廃した長安の都の復興のためにありがたい経典を天竺に取りに行くという冒険の話じゃ。女だてらに尼僧になるとは何か辛いことでもあったんかの?」 「女性には色々とあるものですよ」 この時代の貴族の女性が尼僧になるということは夫を亡くした未亡人だと言うことになり、嘲笑の対象となっていた。それ故に世捨て人のように山中で暮らす元貴族の尼僧が多かったという。 「この三蔵法師には三人の弟子がおったそうじゃ。猿に豚に河童、いずれも國士舞双の強さを誇っておってのう。三蔵法師の乗っている馬すらも元は龍と言う」 「これはこれは…… さぞや楽な旅だったのでしょう」 「天竺に行くまでに数多の悪い妖怪を退治していくのじゃ。怪しげな道具や術で幾度となく全滅の危機にあったそうじゃ」 「妖怪も海千山千ということですか」 貴族の娘は床に巻物を広げた。広げられた巻物の最後には釈迦如来に導かれ極楽浄土へと行く一行の姿が描かれていた。
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