波乱万丈

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波乱万丈

 圭太は帰りの道中、大分、陽が西に傾いたとは言え、まだ明るさが残る秋空の下、自転車を漕ぎながら凱旋する将軍のように勇壮な笑みを浮かべるも鴇色の鯖雲を眺めやり何やら哀しく虚しくなり、単独で飛んでいる赤とんぼを見た日には哀しさと虚しさが骨身に沁みて、「秋風に独り揺蕩う赤とんぼ我見るようで心虚しき」と詠んで哀感と虚無感に耽るのだった。  帰宅後、圭太は自分の部屋に籠って落ち着いて勘考してみると、自ずと自問自答する事になった。「そうだ、M子の家に行く前に服選びなんかせずに二回位、抜いておけば良かった。そしたら、あんな大失態を演じる事態に発展せずに済んでM子との関係が、おじゃんになる事はなかったのになあ・・・と今頃、思い付いた所で後の祭りだ。僕はどうしても俗物の心に潜在する悪魔を見る運命にあるようだ。嗚呼、悲しい性。顧みれば、僕は人間嫌いになって孤立して以来、弱い立場になり、悪魔を何度も見て来た。それに引き替え、知らぬが仏でいては目が付いてないのと一緒だ。僕は弱い立場になったお陰で人間の隠された本質や暗い真実を早熟にも知ることが出来たのだ。兎角、人間の本質や真実を見ると、幻滅するものだなあ・・・けれども、たった二百円で一杯、好い思いをさせて貰った訳だし、短い付き合いの間に凝縮して酸いも甘いも味あわさせて貰った訳だから寧ろ感佩の至りに存じますと別れ際、M子に礼を言うべきではなかったのか。確かになあ・・・なのに恩師に向かって後足で砂をかけるような真似をするなんて、へへへ、成程、恩師か・・・確かに言えてる。M子と出会えた事はとてもラッキーな事だったのだ。とは言え、それだけに関係を絶たれたショックが強い。何が何でも関係を続けてみたかったというのが偽らざる所だ。だって、あんないい女との出会いは又とないだろうからなあ・・・嗚呼、絶世の美女M子。けれども、やっぱりこれで良かったんじゃないのか。だって、あの女は、色んな気に入った人としたいから恋愛をしない、それが私の主義と言っていたが、その飽くなき性への欲望や人の弱味や不幸を笑おうとする欲望や旺盛な食欲から推し量ると、社会に出たら宗旨替えして金に恋をして我利我利亡者となって、あの変幻自在な演技力と比類稀なる美貌で以て玉の輿に乗ろうと奔走し、薹が立てば、浮気されるか邪険に扱われるか捨てられるかして悲運の道を歩む蓋然性が高いのに同じく我利我利亡者の金満家と一緒になろうとするに違いないじゃないか。けれども僕と関係が続けば、僕に感化されて・・・否、それは有り得ない。M子に限った事でなくシェークスピア曰く、『弱き者、汝の名は女なり』ってね。今は女が強くなったから、この諺は今では通用しないなんて言う奴は馬鹿丸出しで意味がまるで分かっていないのであって万代不易の普遍の真理を突いていて寄らば大樹の陰の精神でガートルードがグローディアスに靡いたように今時の女だって、いざとなれば、やんごとなき者に靡くもので、況してM子なんてハムレットの言葉を引用すれば、ヤクザな古木に美徳を接木しても始まらぬわ。尼寺にでも行かなければ、あの女は必ず玉の輿に乗る事を望み、乗ったは良いが、物質的には満ち足りた生活が出来たとしても精神的には決して満たされず、定めて本物の愛も真の幸福も知らずに、即ちエロースを知らずに汚れの儘、死ぬ事になるだろうさ。M子とはそんな人生を約束された癡な淫らな阿漕などうにも情理の分からない哀れな女さ。」  そう未練を残さないように自分でも絵夢子に見切りをつけた圭太は、既に親にも俗物と烙印を押して軽蔑していたので唯一の頼みの綱がぷっつりと切れ、再び崖から落ちた猿のように拠り所を失い、羽根を失った雉のように死に体になり、飼い主に捨てられた犬のように何処にも居場所がなくなった。無論、部活動に於いても然りで、どんどん部活をさぼって行き、二年生に進級して日ならずして退部と相成った。故に放課後になると、何も人間関係が無くなったので毎日、即、帰路に就く仕儀になった。と言っても逍遥や徘徊と称して散歩はするが・・・   ゴールデンウイークが明けて間もない五月の或る日の放課後も既に部活動を引退した三年生に交じって帰宅しようと正門に向かって下り坂の道をとぼとぼと歩いていた。上空を見上げれば、グレー掛かった巻雲の群れが言いしれぬ寂しさと悲しさと虚しさを湛えながら虚空に四分五裂して棚引いている。圭太の目にはそう映った。棚引く先が蒼穹に消え込むのを見ても、僕もあの虚空から生まれ虚空に消える雲のように、いっそ虚空に消えてしまいたいと晴朗たる白日の中に居ながら窈然たる闇の中に居るかの如く思い、ニヒリズムに沈淪していた。すると突如として暗闇に現れた一筋の稲妻の如く強烈な明るさと美しさと鋭さと轟きとを伴って、「ケ~イタくん!」と背後から後頭部を貫くような可愛らしい声が聞こえて来た。激震が走るとはこの事か!圭太はぎょっとしたものの無視する訳にもいかず、立ち止まって振り向くと、そこには矢張り、あの絵夢子が立っていたのである。而も圭太に優しく接していた時の、と言っても必要に迫られれば誰にでもするあの可憐な笑顔で、その上、制服越しにも更に成長したのが窺える胸を制服がはち切れんばかりに張った状態で、おまけに圭太好みの髪形をして立っていたのである。 「あー!やっぱりK太君じゃな~い!」  圭太は振り向いた儘、その過剰なまでの馴れ馴れしさと舌を巻く程の色香に戸惑っていると、M子が躁病者のように矢鱈にはしゃいで豊かな胸元を波打たせながら自分の周りを歩き出し、そうして自分を矯めつ眇めつ眺めるので、何だ!?何だ!?と胸中で騒ぎながら絵夢子の一挙手一投足に釣られて身を回転し出し、そうして一回転すると同時に立ち止まった絵夢子と我知らず正対した。 「へえー!暫く見ない間に大きくなって男らしくなったじゃな~い!」  圭太は大して背が伸びた訳でもないので胸中が嵐の海のように騒いで落ち着かない儘、答えないでいると、「私ね、テニス部を引退してからK太君に会おうと思って毎日、放課後にグランド中を隈なく歩き回ってK太君を虱潰しに探し回ってたのよ。」と絵夢子がフレンドリーに大いに好奇心を掻き立てる事を持ち掛けて来たので、あっさり固い口を開き、「えっ、あ、あの、何で?」 「仲直りする為よ。」 「な、仲直り?」と圭太はきょとんとした顔になって亦、聞き返す。 「うん、ごめんね、あの時は冷たくしちゃって。でも、私、あれから心境が変わってね、K太君は早漏という事も有るけど私に感じて早くいっちゃったんだから寧ろ女の子として喜ばしい事なんだわって思えて来たの。それで私、後悔して反省したの。早漏の子も長い目で見てあげないといけないなあって。だから~、私、K太君の早漏を治してあげたいと思って・・・ふふふ、ねえ、K太君!聞いてるの?」  圭太は余りにも思いがけない唐突なサプライズな展開に狐につままれた心持がして放心状態になりながら絵夢子に見惚れていたのだ。 「ふふふ、あんまりびっくりして、ぽかんとしちゃったんでしょう!」 「ま、まあ・・・」 「無理もないわ・・・あんな形で別れて、こんな形で再会したんだから・・・急に心の整理も付かないでしょうし・・・どっちみち、ここでは長く話せないから・・・」  絵夢子は間を置きながらそう言うと、ちょっと考えるような仕草をしてから、「あのね、明日の昼休みに私、前みたいに部室棟の裏で待ってるから来てくれる?」 「えっ、あっ、ああ・・・」と圭太は大波に攫われるように呆気なく釣り込まれてしまった。 「きっとよ!」  絵夢子のような美女に誘惑されると、どんな男でも目の前の人参に釣られる馬みたいに単純になるもので圭太は絵夢子に関する心的外傷が一切消え去り、正に豁然開朗、目の前が急に明るく開けて来て、「はっ、はい!」と喜んで返事をした。  すると絵夢子は美しい黒曜石のような瞳を妖しく煌めかせたかと思うと、「じゃあねえ!バイバ~イ!」と例の軽やかな調子で言うなり逃げ出すように駆け出して自転車置き場の方へすっ飛んで行った。そんな絵夢子を目で追いながら矛盾だと思った圭太は、不可解になってぼんやりと立ち尽くしてしまうと、絵夢子は彼女の持つ魔性を如実に物語る含みの有る笑みを浮かべて手を振りながら自転車で圭太を横切るや、ぺダルから両足を放して左右に大きく開いた拍子にパラシュートのように捲れ上がったスカートをふわふわ靡かせながらお転婆娘の面目躍如として正門の方へ下って行った。  圭太は絵夢子が横切った時、冷たい蒟蒻で頬を叩かれたような違和感を覚えた。が、パンティが見えちゃうパンティが見えちゃうとはらはらしつつ絵夢子が遠のいて行くに従って矛盾も不可解も違和感も雲煙過眼して鬱勃たる歓喜が込み上げて来て侏儒の如く小さくなって行く絵夢子を猶も目送しながら、「M子さんは僕好みの髪形に変わったようにあれから精神的に成長して心境が変わったんだ。」とオプティミスティックに鑑定した。再び彼はエロースに我がハートを黄金の矢で射られたのだ。  圭太はゆくりなく絵夢子と再会してから帰宅後も期待は高まるばかりで翌日の昼休み、もう行かない訳には行かなくなった。彼は狐疑逡巡する事なぞ一切無かったのである。その胸の内を表すように校舎を勢いよく飛び出すと、何て世界は明るいんだ!とそこまで能天気に感じて、この風薫る爽やかな雰囲気をじっくり味わおうと駆けるのを止めて歩き出した。歩を進めながら校庭の若楓を見上げても若葉を透かす偉大な太陽の光が生命感に溢れた新緑を瞳に映り込ませてくれて気分がすっかり楽天的になるのだった。だから足取りは踵にバネを付けたように至って軽いのだが、彼の脚はマゾヒズムに突き動かされていると言えなくもなかった。つまり絵夢子の「早漏を治してあげたい」という言葉を聞いて、「M子さんにだったら僕の一物をどう弄ばれたって構わない」という気持ちが心の奥底に芽生え、彼の心は既にピンクのベッドで絵夢子と交わる行為に思いを馳せていたのだった。  而して部室棟の裏に着いてみると、絵夢子は約八ヶ月前と同様に部室棟の壁とネットフェンスに挟まれた狭間にしゃがんでパンと紙パックジュースを両手に昼食を取りながら待っていた。 「あっ!来てくれたのね!ここに座って!」  正に約八ヶ月前に密会した時と同じ調子である。圭太は自分好みの髪形になって一段と魅力を増した絵夢子に惚れ惚れして、でれでれになって小走りで駆け寄って行くと、「あ、あの、し、失礼します!」と久方ぶりの挨拶だったので緊張して吃りながら言った後、照れ隠しに、「よいしょっと!」と言いながら絵夢子のハローキティが顔料プリントされたハンカチの上に腰を下ろし、体操座りになった。と同時に絵夢子は魔性的ににやりとして、「やっぱり来ちゃったのね。」と意味ありげに言った後、「男なんてどんなに偉そうなこと言ったって私の手に掛かれば誰もがイチコロよ、ねえ、K太君。」と目配せしながら言って自分のキュートさに現を抜かし、眩惑されて他人事みたいに、「そうですね。」と笑顔で答えた圭太に、ふんと鼻で笑って見せるや、パンにがぶりと齧り付き、昼食を再開した。  圭太はそんな絵夢子に引っ掛かるものを感じたものの、気分がすっかり浮き立っていたので、M子さんは亦、僕にハンカチを敷いて欲しいが為に態としゃがんで食べてるんだとプラス思考に捉え、学生ズボンのポケットからハンカチを取り出し、「あのー、ハンカチ敷きますから・・・」と絵夢子に言い掛けると、「そう、ありがとう。」と絵夢子が言って腰を浮かせたので、いそいそと彼女のしゃがんでいた所にハンカチを敷いてやった。そして崖下の深緑の雑木林から馥郁たる新芽の香りが漂って来るのと共に聞こえて来るシジュウカラやコマドリ等の囀りに交じって時折、晩鶯の麗しき歌声を耳にすると、恍惚となり、そうして小鳥達の妙なる合奏を堪能する内、彼らの織りなす様々な息吹や営みを感じ取り、取り分け草とか苔とか木の葉とか小枝とか獣毛とか綿状の物とか、そういった収集した物に加えて自分の羽毛と体温で卵をまめまめしく甲斐甲斐しく優しく包み込み温め敵から守る、その必死な涙ぐましいまでの巣の中の母鳥の美しい奮闘を想い、涙して、こうして晩春の穏やかな陽射しを浴びながら自分のハンカチの上に腰を下ろして昼食を取っている絵夢子と隣り合って座っている事で自分が卵で絵夢子が母鳥に思えて来て更にポジティブシンキングが高じて自分がイエスで絵夢子が聖母マリアに思えて来て、とても温かで仄々とした神聖なる幸福感を覚えた。が、脇目も振らず無言で食べ続ける絵夢子に違和感を覚え出し、冷たい現実に引き戻された感じがして相手にして貰おうと切り出そうとするのだが、言葉が見つからず焦り出した圭太に卒然、「静かねえ。」と絵夢子が面当てのように呟いた。その途端、急激に張り詰めた空気の中に自分が押し込められた感じがして益々焦り出した圭太に、「嵐の前の静けさって事かしら。」と絵夢子が不気味に呟いた。この焦眉の急を告げる言葉に圭太はひやりとして思わず絵夢子の横顔を瞠若として窺い見ると、彼女は知らんぷりした儘、ありありと低気圧を濃くして行きながら食べ終え、紙パックを例の方法では潰さず、これ見よがしに繊手で怨念を込めるようにぎゅっと握り潰して見せた。それだから圭太がぞぞっと寒気がする程、恐怖に駆られると、絵夢子は他のごみと一緒にピンクのポーチに片付けた後、正に山雨来らんとして風楼に満つといった雰囲気に呑まれてしまった圭太に向き直りざま何やら凄味の有る微笑みを湛えながら話し出した。「あのね、私、あれから悔しくて悔しくてしょうがなかったのよ。だって別れ際に早漏男に言い負かされちゃったでしょ。それにその前にも早漏男に膣を痛めつけられた上に鯖でいかされちゃったんだから、よくよく考えたらこんな屈辱な事ってないわって思い知って悔しさが倍加したの。だからお返ししようと思って一計を案じたんだけど、ほとぼりが冷めてからでないと旨く行かないなって思ってテニス部を引退するまで実行しない事に決めたの。それで我慢に我慢を重ねて来たんだけど、グランドを幾ら探し回っても君がいないから昨日、退部したのかもしれないと思って正門に向かう道へ行ってみたら思った通り、君が歩いてるのが目に入ったもんだから昨日、君に声を掛けたって訳なのよ、分かった?」  圭太は聞いている最初の内、耳を疑ったが、信じた僕が馬鹿だったと気づいた時にはもう遅かった。悪夢を前に見す見す、一体、ど、ど、どうしようっていうんだ?!と危懼し、竦み上がってしまった圭太に絵夢子は興奮気味に、「それで今日まんまと罠に掛かってくれたから今からお返しに、お前が私に飛び掛かって来た時の、私が味わったあの恐怖を、まずは存分に味あわせてあげるわ!」と言った後、「ねえ!もう出て来ても良いわよ!」と呼ばわった。  すると部室棟の裏の両側から絵夢子のセフレで三年生と思しき男子生徒が一人ずつ、ぬうっと現れ、圭太と絵夢子の方へ向かってのしのしと歩いて来るものだから圭太は袋の鼠と化しながら未だ嘗て味わった事のない凄まじい恐怖を感じて、がたがたと震え上がった。その気色に絵夢子は、「アハハハ!」と勝ち誇ったように笑い、「飛んで火に入る夏の虫とは正に君の事ね!」としたり顔で言った後、目角を立てて、「ねえ、ちょっとハンカチ返してよ!」と刺々しく叫び、震撼する圭太の腰を浮かせ、ハローキティのハンカチをさっと右手で拾い上げて、はたいてから左手で拾い上げたピンクのポーチの中へ畳まずに急いで仕舞って勢いよく立ち上がると、丁度、部室棟の北側からやって来た男子生徒(以下Aとする)とハイタッチを交わして歩き出し、狐の化け物がするような芯からぞっとする笑い声を立てながら部室棟の北側から出て行った。 「さあ、立つんだ!」と部室棟の南側からやって来た男子生徒(以下Bとする)が言いながら屈んで、「な、何する気だ!」と震えながら喚く圭太の右腕を、「俺達は何もしないから心配には及ばないよ。」と言いながら両手両腕で抱え込むようにして掴んで、「ここじゃあ、狭いから表へ出ような!」とAも言いながら屈んで震える圭太の左腕を両手両腕で抱え込むようにして掴んだので圭太は為す術もなく彼らに軽々と引っ張り上げられた。 「な、何する気だ!」と圭太が猶も喚くと、彼らは申し合わせたように笑い合い、Bが、「M子がさあ」と言った後、Aが、「好い事してあげるってさ。」と言ってから、放せ!と連呼して抵抗するのとは裏腹に無意識にM心を心の底に宿した圭太を二人して部室棟の北側へ引き立てて行き、部室棟の北側の壁際で待機していた同じく絵夢子のセフレで三年生と思しき二人の男子生徒の間に圭太を来させると、待機していた二人は圭太の足元にしゃがみ込み、B側にしゃがんだ生徒(以下Cとする)がもがき足掻く圭太の右足を両手両腕で抱え込むようにして掴んでA側にしゃがんだ生徒(以下Dとする)ももがき足掻く圭太の左足を両手両腕で抱え込むようにして掴んだので圭太は言うまでもなく雁字搦めの状態になった。  この全てを仕組んだのは、これも言うもでもなく圭太の前で狂喜乱舞する絵夢子であった。 「アハハハ!遂にこの時がやって来たわ!よくも、あの時は私を散々弄んだ上に散々罵ってくれたわねえ!そのお返しに今からお前にあの時、私が味わった恥辱を存分に味あわせてあげるわ!」  絵夢子は極めて興奮した口調でそう言った後、それとは裏腹に、「ちょっとその前に。」と静かに呟いたかと思うと、一層、凄味を増した形相になって力の限りを尽くして圭太に往復びんたを何とトリプルで食らわせた。  それはもう剽悍無比とも言うべき余りにも意表を突いた驚くべき敏捷な矢継ぎ早の凄まじい早業で六回立て続けに鼓膜を劈くような打音を伴いながら激痛が走った圭太は、最後に撲たれた際、勢い横に向いた顔を酷く顰め、歪ませ、わなわな震わせながら俯かせると、絵夢子は冷淡に笑いながら次第に赤く腫れ上がって行く圭太の顔を覗き込むようにして、「ど~お、と~っても痛かった?」と面白がって聞き、猶も圭太に冷たく囁き続けたが、圭太は歯を食い縛って痛みを堪え続け、痩せ我慢を張り続けながらショックの余り意識が朦朧とする心の中で絵夢子の一語一語を自ずと夢か幻のように有耶無耶にして遠い記憶を辿るようになり、優しく手を握ってくれた絵夢子が痛く懐かしくなると、「あの優美な手がこれ程までに痛みを与える武器と成り得るのか・・・美女の皮を被った野獣だ・・・」と甚だしいギャップを感じて絵夢子という女が心底、恐ろしくなった。そうして比較的意識がはっきりした時、ふふふという絵夢子の如何にも悪賢そうな笑い声が心の中に細波のように広がって来て、「嗚呼、何が聖母マリアだ・・・凶悪な女狐じゃないか。僕は完全に盲目になっていた。全く馬鹿だった・・・」と気づき、自分の余りの馬鹿さ加減を恥じる思いも含まれていたが、赤く腫れ上がった顔に絵夢子への侮蔑を込めて薄ら笑いを浮かべた。すると彼女は俄かに周章狼狽して、「な、何、笑ってるの!」と悲鳴にも似た叫び声を上げ、その後も動揺の色を隠す事は出来なかった。その揺曳する気色を圭太は目で見ずとも感じ取り、やがて愉快になり、すっかり居直って今度は露骨に嘲笑って見せた上に怒りに震えながら幻滅の悲哀に満ちた目でじろりと絵夢子を睥睨してやると、「そんな目で見ないで!」と絵夢子は叫ぶが早いか、圭太の左頬に力任せに平手打ちを食らわせた。その刹那、圭太は目から火が出るのと同時に何故か、その火の中に幽かな希望の光を見た気がした。が、絵夢子は騎虎の勢いで企ての手順通り圭太の学生ズボンのベルトに手を掛けた。 「くそー!放せ!止めろ!卑怯者!」なぞと圭太は喚きながら必死に逃れようとしたが、何せ、四人の上級生の男子生徒に四肢をがっちりと掴まれているのだから如何ともし難い。その隙に絵夢子は狂悖の性の赴く儘、ベルトを外してから学生ズボンをずり下ろし、パンツもずり下ろすと、圭太の大事な物に、「こんにちわ~!」とまずはふざけて挨拶して、「皆、見て!これが私が予々噂してた世にも珍しい早漏包茎おち〇ぽさんよ!」と言って四人の憫笑を誘ってから大事な物に今度は恨みと憎しみを込めて、ぺっぺっと続け様に唾を吐き掛けた。そして四人の歓声に包まれる中、狂気染みた笑みを浮かべながら大事な物をこきこきし出し、「ねえ、皆、見て!こいつの顔!鬼頭みたいにパンパンに膨れちゃって真っ赤っかよ!」なぞと嬲りながら忽ち大事な物をフル勃起させ、「皆、見ててよ!これから一分以内にこいつをいかせてみせるから!A君、こっから時間計っててよ!」と言った後、会稽の恥を晴らすべく寝刃を合わせていた女の執念というものは恐ろしい!気焔万丈として復讐心に燃え盛る貪婪な目を一段と血走らせたかと思うと大事な物を思い切りしごき出し、「ねえ、こんな恥ずかしい事されてるのに何、感じてるのよ!はあはあ言うだけじゃなくって気持ち良いですって言ってごらんよ!ほら、言いなよ!ほら、言えよ!ほら、言えってんだよ!ほら!」と煽り立てる度を増しながら大事な物を思い切りしごき続け、圭太を立ち所にいかせてしまった。 「あーあーあー!こんなに勢いよく一杯出しちゃってまあ・・・もういっちゃったわよ。ねえ、A君!何秒だった?」  Aがスマートウォッチを見て、「えーと、たったの二十八秒しか掛からなかったよ。」と笑いながら言うと、他の三人も笑いながら口々に、「流石、M子!やる~!」等と絵夢子を煽てたり、「聞きしに勝る早漏男だなあ。」等と圭太を貶したりしてAと共に盛んに絵夢子のご機嫌を取る。 「ふふふ、笑っちゃうわよねえ、皆の前だから少しは我慢出来るかと思ったのに・・・もうちょっと手こずらせるかと思ったのに・・・ほんとに張り合いの無いおち〇ぽさんねえ!アハハ!皆の前でもしゃあしゃあとこんなに早くいくなんて、ほんとに呆れた子!この恥晒しが!」と絵夢子が言えば、「M子の姉御、相変わらずの手捌き!見事なもんでやんすなあ!」とAが言い、「やめてよ!姉御だなんて!やくざじゃないんだから!」と絵夢子が言えば、「M子の姉御!こいつ、あんまり気持ちいいんで途中で全然、抵抗しなくなりやしたぜ!」とBが言い、「ったく、こんな状況でも感じるなんて!このど変態が!」と絵夢子が言えば、「ほんとに姉御の言う通り、ど変態でやんすねえ。」とCが言い、「何よ!皆して姉御呼ばわりして!からかわないで!」と絵夢子が言えば、「M子の姉御!満足出来やしたか!」とDが言う。  ここに於いて絵夢子はかんかんになって、「もう!D君まで姉御ってもう!私ねえ、こいつにヤリマンだけにヤンキーの血も流れてるんだなって言われてから、そうやって呼ばれる事に酷く嫌な気がするようになったの。だから止めてくれない!」と言うや、「早漏ち〇ぽの所為で手がくっせー、もう、やだー!手が腐りそう、早く洗わなきゃ。」なぞと独り言を言いながら校舎の方へそそくさと歩いて行った。それを目で追いながら、「あー!姉、あっ、いや、M子!怒ったのか!」とAが叫ぶ。 「そんな事より私の言った通りにしといてよ!」と絵夢子は叫び返しながら姉御宜しく足早に去って行くと、「あー!分かったよ!」とAが叫び返した後、「あ~あ、M子が怒っちゃったよ。」とぼやく。 「お前が姉御って言うからいけないんだぞ!」とBが言う。 「お前だって言ったじゃないか!」とAが言う。 「だから、お前が先頭切ってM子の事を姉御って言って俺達が釣られちゃった訳だから、お前がいけねえって俺は言ってるんだよ!」とBが言う。 「だって、どう見たって、これはヤンキーの所業だぜ!」とAが言う。 「だよなあ、何しろ往復びんた炸裂に始まって手こき炸裂だろ!その仕上げにこいつのち〇ぽから水鉄砲が水を噴射するみたいにザーメン噴射させちゃったんだからなあ。いやあ、俺、今日はつくづくM子って怖い女だなって思ったよ。」とCが言う。 「そうなんだけどさあ、いい女だけにそれが逆に堪らないんだよなあ。」とDが言う。 「分かるよ、その気持ち。嗚呼、こいつのち〇ぽしごいてる時のM子、堪んなかったぜ!」とCが言う。 「確かにこいつに気持ち良いですって言えよって言いながらこいつのち〇ぽしごいてる時のM子の表情と手の動きといったら堪らんかったよなあ。」とBが言う。 「それにさあ、こいつのち〇ぽに唾吐き掛けた時のM子の鬼気迫る形相も堪んなかったよなあ。」とDが言う。 「おいおい、そんな事、回想してる場合じゃないぞ!こいつ、可哀想に泣いてるぜ!」とAが言うと、「あっ、ほんとだ!」と他の三人が口を揃えて言う。 「D!パンツとズボンを履かせてやれよ!」とAが言うと、「ああ。」とDが答え、Aの言う通りにして再び圭太の左足を両手両腕で抱え込むようにして掴んだ後、AとBが圭太に向かって説き伏せに掛かった。 「あのさあ、M子を恨んじゃいけないぜ。」とまずBが言う。 「そうそう、M子に言われたんだけどさあ、M子に仕返ししようなんて思ったら駄目だぜ。そんな事したら俺達がお前をリンチしなくちゃいけなくなるからさあ。」と続いてAが言う。 「そうだぜ、M子の命令は俺達にとって絶対なんだ!あいつに逆らうとセフレのリストから外されちゃうからさあ、まあ、我慢してくれ。」とBが言う。 「おい、M子を追っ掛けるなよ。」とAが言うと、圭太は泣きながら、こくりと頷く。 「皆!手を放してやれ!」とAが言って手を放すと、他の三人も次々に手を放した後、CとDが立ち上がり、AとBと一緒に圭太を煽てに掛かった。 「しかし、お前、M子にヤリマンだけにヤンキーの血も流れてるんだなって言ったのか。」とまずCが言うと、圭太は泣いた儘、こくりと頷く。 「お前、凄いな!」と続いてDが言う。 「俺達にはとても言えないよ。」と続いてBが言う。 「それにお前、M子から聞いたんだけど、M子を指だけでいかせたのか!」とAが言うと、圭太は泣いた儘、鯖だ・・・と思いつつこくりと頷く。 「大した奴だ!」と四人が一斉に言った後、「まあ、兎に角、皆からこれだけ褒められたんだし、お前にも罪があるんだから恨みっこなしだぜ!」と総括してAが言うと、圭太は泣いた儘、僕に罪?M子の罪と同一視するな!と思いつつこくりと頷いて面従腹背。 「じゃあな!」とAが圭太に向けて軽く手を上げて言うと、他の三人も同じくする。 「おーい!M子さ~ん!許して~!」とAが言いながら校舎の方へ駆け出すと、「ハハハ!聞こえねえよ!」と笑いながら言うBと一緒にCとDも笑いながら金魚の糞よろしくAの後を付いて行った。  斯くして独りになった圭太は、「成程、渡る世間に鬼はないか、アホ!冗談じゃねえ。あいつらはM子に服従してるだけの話でM子の差し金で傀儡に違いなく節操も主体性も独立心も知性も理性も勇気も毫末も無い骨無しの卑劣極まる偽善者で詰まる所、自分を持たない根暗な同調者じゃないか!畜生、俗物どもめ!」と独り言を吐き捨てるように叫んでから小粒だった涙を大粒にして心置きなく滂沱として流し出した。皆の前でM子に恥辱に晒された事も然る事ながら約七ヵ月前、M子にもう騙されないよと言った自分が物の見事に騙された事と元々マゾヒズムを抱懐していたとは言え、この愁嘆場に於いてもマゾヒズムに陥り、快感を覚えてしまった事で恥辱が倍加して膨れ上がって行ったのだ。そして、「いざとなると第六感も糞の役にも立たねえ、お陰で自分は変態だと分かった。」と自嘲し、「美貌に魅惑された儘、その裏に隠された悪魔の権謀術数を見抜けず瞞着された自分は俗物と然して変わらねえ。」と更に自嘲し、自尊心が完膚なきまでにずたずたに切り裂かられ、際限なく落ち込んで行った。その内、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴ったので圭太は拠所無く牢獄のように見える校舎へ向かって足枷を嵌められたような重い足を踏み出すと、期せずして狐の嫁入りに襲われた。が、只々慚愧の念に堪えなくて顔を拭う素振りさえ見せず、しとどに濡れる若楓のように自然の為すが儘、篠突く雨にもろに打たれ、泣き顔が分からなくなる位、ずぶ濡れになりながら泥沼のように見える校庭を蹣跚として歩いて行った。  圭太は授業中、まず怒りの矛先を絵夢子のセフレ達に向け、「M子のセフレであり続ける為には悪徳の命令にも従うのか!此の世に於いて人間は誰しもあいつらのようにグループや集団組織に属していると、自分の保身の為には良心に背いてでも自己欺瞞してでも道に外れた悪行をしでかす事を僕は僅かに経験もし多く見聞もして知っているのだが、僕があいつらの立場だったら幾らM子がいい女だからって人を犠牲にしてまでM子のセフレであり続けようとは思わないからM子に逆らって断るだけでなく非道な行いは止めろと忠告する。それ位の正義は通さなければ、人間として失格だろうが!しかし、そう考えると、此の世には真っ当な人間が果たしてどれだけいるだろうか?と心細くなる。」と慨世し、次に怒りの矛先を絵夢子に向けようとした、その途端、精神が研ぎ澄まされて来て絵夢子に憤慨するよりも大事な物を思い切りしごかれた時の記憶が鮮烈に生々しく蘇り、「確かに自分はあの時、♪MOTHER SPERIOR JUMP THE GUN~と心の中で口ずさんでいたし、いった時、♪HAPPINESS IS A WARM GUN!と出来れば叫びたかった。」とビートルズの曲と共に異常な興奮と異様な快感を覚えた事が頭にこびり付いて離れなくなった。で、「自分はMなんだ。」と改めて思ったが、「否、M子が相手だから、あんな事になったんだ。M子が相手じゃなきゃ、絶対、あんな事になる筈が無い。」と思った。そして絵夢子をとことん怨み、憎み、此の儘、泣き寝入りする訳には行かんと、どうしても絵夢子に仕返ししなければ気が済まなくなり、早く仕返ししたいという強い欲望に駆られる一方で、これは絵夢子にマゾヒズムに陥らされた反動の表れなのだろうが、絵夢子を征服したいという野心が心の片隅に芽生えたりした。  そんなアグレッシブな気持ちとは裏腹に圭太はこの日の放課後、「M子に会ったらM子は逃げるだろうか、否、あの無防備な性格から言ってセフレの報告を受けて安心しているに違いないし、学校内で仕返しなんか出来っこないと高を括っているに違いないから寧ろ誰かと同伴なら同伴者と一緒に僕の事を笑うだろうなあ。」と恐れつつ正門に向かった。が、幸い絵夢子に会わずに学校を後にする事が出来、帰宅後、自分の部屋に籠って絵夢子に仕返しするにはどうすれば良いかと早速、考え出し、散々思案した末、悲惨な高校生活を送って来て極め付けに絵夢子に恥辱に晒され破れかぶれになっていた為、過激にも絵夢子の自宅で絵夢子をレイプする事に決定し、それを実現可能にするには出来るだけ絵夢子を油断させる事が先決だと考え、下校時、仮令、絵夢子に会ったり見つけられたりして笑われても笑われる事を恐れる心情その儘のおどおどした態度で通り過ぎる事にした。実際、翌日から圭太は下校時に絵夢子の笑い声を聞いたり絵夢子の姿を見掛けたりしても絵夢子を襲おうという気配を噯にも出さず、おどおどした態度で通り過ぎていた。そうする事に因って絵夢子が親の留守中でも油断して家の窓を開けっ放しにする可能性が出て来ると目星を付けたのである。そして開いていたのなら奮い立って流星光底長蛇を逸してなるものかとばかりに上がり込み絵夢子に飛び掛かって絵夢子を押し倒し凌辱して目的を果たす。始めは処女の如く終わりは脱兎の如しという訳である。圭太は斯様にして目論見を立て朝方、窓を開ける季節を辛抱強く待った。  そして六月の第三日曜日、早朝五時頃に起床して天気予報の通り天気が良い事を幸いに遂に計画を実行しようと臍を固め、何の為だか、早速、自慰を行い、一時間後、更に自慰を行い、その亦、一時間後、更に自慰を行ってから朝食を取って出掛ける準備をして、「計画を遂行する要訣は揺るぎなき意志だ!」と肝に銘じて七時半頃に自転車で絵夢子の家へ向けて出発した。  道中、圭太は絵夢子をレイプしようとする意志に揺るぎはなく頭上の青い空を見ても道端に生えている露草の青い花を見ても民家の庭先に咲いている青い紫陽花を見ても通りすがりの人が被るドラゴンズの青い帽子を見てもその度に青信号を連想し、吉兆のように頼もしく思い、蛮勇が湧いて来て、そうして七時五十分頃に絵夢子の家の前に到着した。  見るとアコーディオン門扉の奥に普通自動車と軽自動車が並んで停まっているので圭太はまだ絵夢子の両親は出勤前だなと勘付いた。それで絵夢子の親が出勤するまで何処に隠れていようと思い、辺りを見回したが、適当な場所が無いので八時から八時半位に出勤するであろうと見当を付け、絵夢子の家の近辺を適当に二三十分走ってからここに戻って来る事にして自転車を漕ぎ出した。その途中、小川の橋を渡る時、川辺に咲く青い花菖蒲を発見して、そう言えば、あの日は黄色ばかり目に付いたが、今日は青ばかり目に付くなあと圭太は思い、有卦に入っていることを意識して八時十五分頃に戻って来ると、旨い具合に二台とも無くなっていた。だから、よしと思い、誰にも見られていない事を確認してからアコーディオン門扉の前まで行くと、時節柄、ニイニイゼミがよく鳴いているから音が掻き消されるとは言え、音を立てないようにゆっくりアコーディオン門扉を少し開け、敷地内に少し入った所で自転車を停め、コンクリート土間に降り立った。そこで、じっとりと汗ばんだ顔を腕で拭って丁度吹いて来た白南風に晒して少し涼んでから鍵が掛かっているに違いないと思いながらも嘗て絵夢子と楽しいひと時を過ごしたリビングの西側の窓の無い壁沿いの犬走りを伝って玄関ポーチへ歩いて行き、玄関ドアの前に辿り着くと、ドアノブを回そうとしたが、矢張り鍵が掛かっていた。 「けれども充分、油断させておいたし、親が玄関ドアに鍵を掛けてくれるから安心して網戸にしてしまうのがM子の無防備たる所以だ。」と踏んでいた圭太は、引き返してからリビングの南側の掃き出し窓の有る壁に沿って歩いて行き、掃き出し窓を見てみると、予期した通り、網戸になっていた。だから、しめたと思い、テレビの音がするので絵夢子はリビングで寛いでいるに違いないと確信したが、いきなり上がり込もうとはせず、一応、確認する為、中を覗こうと戸袋の脇で思っていると、テレビの音が消えた後、どたばたと足音がしてからドアが閉まる音がした。 「これはきっとトイレに入ったに違いない。」と睨んだ圭太は、窓枠から半分顔を出して網戸と白いレースのカーテン越しに中の様子を窺ってみると、誰もいないのと扇風機が点けっ放しになっているのとテーブルの上に雑誌が開いた儘、置いてあるのが確認出来た。 「間違いない。よし、M子がトイレから出て来たら襲い掛かろう。」と決意した圭太は、お陰で飛び掛かる手間が省けたぜと思いながら網戸を開け、靴を脱ぎ、纏わりつくカーテンを退けながらリビングに闖入し、網戸を閉め、序にM子が悲鳴を上げる事を想定して硝子戸も閉めると、丁度、トイレットペーパーを巻く時のカラカラという音が幽かに聞こえて来た。 「やっぱりだ。バカヅキだ。とんとん拍子だぜ。天は我に見方せり。」と追い風に乗った状況にある事を確と意識した圭太は、切迫する中でもわくわくする気持ちも生まれ、叢に紛れて獲物に忍び寄る豹のような心境でリビングを出て廊下を伝って行き、トイレのドアの脇に辿り着いた。 「お陰で難儀しながら脱ぐ手間も省けたぜ。」と思い順風に乗りながら圭太は、ズボンとパンツを脱ぎ捨てると、それから幾許もなくトイレの中から排水音が聞こえて来た。だから、いよいよだと思い、絵夢子が出て来るのを満を持して待ち構えた。すると水で手を洗う音がしてタオルで手を拭く音がしてからドアノブが回り出し、カチャっと音がしてドアが蝶番の軋む音と共にトイレの内側に開いてピンクのネグリジェ姿の絵夢子が出て来るや否や圭太に気づいて、「ぎゃー!!」と近隣から遠くの方まで轟くんじゃないかと思われる程の裂帛の叫び声を上げた。ここで圭太は当初の予定では絵夢子を押し倒す筈であったが、取り敢えず静かにさせようと、「騒ぐな!騒ぐと殴るぞ!」と叫ぶなり逃げ出さないように正面から両腕ごとむんずと抱き込んだ。  普通の女なら気絶してしまうかもしれない状況の中で絵夢子は驚愕する余り途切れ途切れではあったが、気丈にも荒々しく叫び返した。「な、な、何しに来た!し、而も何だ!その恰好!き、き、気でも、狂ったか!し、仕返ししたら、ど、ど、どうなるのか、分かってるのか!り、リンチに遭うんだぞ!」 「そんなこと分かってるさ、そんなこと分かってるさ、そんなこと分かってるさ・・・」と圭太はリフレインして声が小さくなる代わりに絵夢子をより強く抱き締め、その儘、無言になった。斯様に絵夢子を抱き込んでから抱き締める内、肉体の細さと言い柔らかさと言い豊かさと言い匂いと言い官能に訴え掛けるものが有り、「嗚呼、やっぱり好いなあ・・・」とつくづく懐かしく思い、知らぬ間にレイプする気が無くなったのだ。  彼は無論、絵夢子以外の女を抱いた経験はなかったが、彼女を抱き締め続けながら、「これ以上の女はいない。」と確信した。つまり経験に先立って且つ経験によって確信したのだからアプリオリでアポステリオリな知識を得、「僕はこの美しい女を殴るなんてとても出来ない。」と慈愛し、「やっぱり僕はこの美しい女が欲しいんだ。」と渇望し、更に心境が変化すると、目頭が熱くなって来て涙をぼろぼろと零し出した。  絵夢子はその熱い涙が頬に伝わって来る内、感じ入るものが有ったと見え、「この変態野郎!」「気違い!」「セクハラ男!」「離れろ!「出てけ!」なぞと喚くのを止め、もがくのも止め、「やだ~!」「だめ~!」「いや~!」なぞと半分甘えたように言っては少し体を揺する程度の抵抗をするだけになり、それも止めると、いとおしげに、「ねえ、泣いてるの?」 「ええ、嬉し涙です。」 「嬉し涙?」 「はい。」  圭太はきっぱり答えると、普段の俗物に対する慢心と羞恥心が消え、すっかり真剣な心持になり、思いの丈を照れる事無く素直に吐露出来る心理状態となり、絵夢子をひしと抱き締めた儘、自分がエロース(ダイモーン)になった気で、否、それ自体になり切って淀みなく語り出した。「僕、実はM子さんをレイプしに来たんです。それも捨て身の覚悟でです。退学になっても構わない積もりでです。今も正気とは言えません。けれども、人間的な病に因る狂気から神に憑かれた狂気に変わりました。僕、こうしてM子さんを抱き締めていると、僕の熱情、僕の真心、僕の愛がM子さんに伝わって行くのを感じて、それと共に寂しさ、悲しさ、虚しさに喘いでいた僕の心が癒されて行くのを感じて僕、とっても幸せになれました。嗚呼、M子さん・・・」  圭太がそう言った切り、随喜の涙を流しながら沈黙すると、絵夢子は急かすように聞いた。 「私を怨んでないの?憎んでないの?」 「はい、五月の鯉の吹き流しって奴です。怨みも憎しみも綺麗さっぱり消え去りました。今は只、幸せなんです。」 「そ、そうなの・・・」と絵夢子は言った切り、圭太と共に無言になり、「私にあんな酷い事されたのに・・・この子、私より他に縋る者が居ないんだわ。おまけにおち〇ちん出しちゃって、これじゃあ宿無しの野良犬じゃな~い、かわいそ。」と思い、しんみりする。  而して二人は奇妙奇天烈なる神聖なるしじまに包まれると、絵夢子は不思議な事に圭太に因って浄化されて行くのを感じ、それに連れて圭太は絵夢子への恋慕の情が募って来て、その思いの一つを伝えたくて堪らなくなって奇妙奇天烈なる神聖なるしじまを破って囁いた。 「あの、M子さん。」 「なあに?」 「僕、言いたかったんですよ。」 「えっ、何を?」 「そのヘアースタイル、洒落てますねえ、とても似合ってますよ。」 「ほんとに?」 「はい。勿論です。」 「だけど、そんな風に言われても、素直に受け止めるのが怖いわ。」 「えっ、何でですか?」 「だって嬉しいわって答えたら、峰不二子の話をしてた時みたいに、真に受けるな!って怒鳴られやしないかと思って。」 「あっ、ああ、いや、あの時はM子さんを怨んで憎んでましたから、そう言いましたが、さっき言った通り今は全く心境が変わりましたから、そんな事、言う筈が無いですよ。そもそも僕、M子さんがここでストリップショーみたいな事やってた時にほんとにM子さんの事、峰不二子みたいだって思ってましたから今の心境なら絶対あんな事を言う筈が無かったんですが・・・」 「それはほんとうなの?」 「はい、僕に二言はないです。ですから安心して素直に受け止めてください!」 「うふふふ、そう・・・」と絵夢子は内心とっても嬉しくなり、「じゃあ、もう一回聞くけど、そんなに似合ってる?」 「はい!だって僕、こないだ、M子さんと会う約束をした時、あんまり似合ってるんで、すっげー魅せられて惚れ直しちゃったんですよ!」 「えっ、ああ、そうだったの・・・」と絵夢子は返事をしてから深い悔恨の情と罪悪感に襲われながらも、「嬉しいわ。」とぽつりと真情を吐露した。 「あの、それで、僕、是非、M子さんの髪を撫でてみたいんですけど、撫でても良いですか?」 「ええ、撫でて。」  圭太は髪形が崩れない程度に表面だけをさらさらと右手で軽く撫でて行き、撫で続けながら、「嗚呼、静かにしてると、とっても可愛いですよ、M子さん。」 「うふふ、私、飼い猫みたい。でも、ありがとう、嬉しいわ。」 「嗚呼、M子さんのお顔が見たくなった。」と圭太は呟くと、撫でるのを止め、絵夢子の背中に宛がった左腕を緩め彼女を少し放し、今まで自分の肩に載っていた花顔玉容を切れ長の目を凝らして至近距離でまじまじと見て、「嗚呼、美しい・・・とても綺麗だ。」 「そんなに褒めないで。私、恥ずかしいわ。だって汚れよ。それにK太君にとんでもなく酷い事をして来て、とんでもなく冷たい事をして来た女なのよ。分かってるの?」 「はい、勿論、分かってます。だけどM子さんは変わりました。今のM子さんは喩えて言うなら、そう、真っ青な空、真っ青な海のように心が澄み切っています。清らかと言っても良いでしょう。其処から滲み出る、溢れ出る美しさと言ったら・・・と言うか、元から美しいんですから、そのプラスアルファアされた美しさと言ったらそれはもう・・・嗚呼、駄目だ、陳腐な言葉しか浮かばない。とても恥ずかしくて言えない。本来、M子さんの美しさに直面したら万物の生命の源である太陽が光と熱の大いなる恵みを地球に齎さずにはいられないようにM子さんを大々的に褒め称えずにはいられないのに、この青二才にして詩心に乏しい僕と来たら、どうしたって適当な言葉が見つからないのです。何せ、M子さんの美しさと言ったら、とても此の世のものとは思われない空前絶後のレベルに達していまして音に聞く詩人達のありとあらゆる現実離れしたファンタスティックな美の形容が悉く現実化しているのですから七歩の才を持つ詩聖でない限りM子さんを褒め称える事は出来ないでしょう。いや、仮令、神韻縹渺とした、どんな詩的な褒め言葉であってもM子さんの前では恥ずかしくて赤くなる事でありましょう。それ位、M子さんは美しさに満ち溢れています。これは決して誇張ではありません。」と圭太は戯曲宛らの台詞によって長々と激賞した。  絵夢子はそれに応えて黒曜石のような瞳の輝きを際立たせ、「まあ!なんてボキャブラリーが豊富なの!そんなにも心を動かす言葉を累々と連ねて私を褒め称えてくれたのはK太君が初めてよ!」と大感激した。  圭太はそれに応えて切れ長の目をより真剣にして、「嗚呼、僕の確かな目には眩し過ぎる位、M子さんは輝いています。M子さんはこよなく美しく永遠に光り輝き続ける僕の太陽だ!」と目一杯、力を込めて更に激賞した。  M子はそれに応えて黒曜石のような瞳の輝きを一段と際立たせ、「まあ!星の煌めくような素敵な言葉!嬉しいわ!」と又しても大感激した。で、圭太はここぞとばかり、「嗚呼、M子さん!僕、あなたが欲しい!」と叫ぶや、絵夢子にむしゃぶりつくように抱き着いて前にも増して強く、ひしと彼女を抱き締めた。  すると遂に圭太の熱情と真心と愛に絆された絵夢子も圭太を抱き締め、二人は熱く直向きにそれはもう絶対離さないといった感じでしがみ付いて蜿蜒と心行くまで抱き合った。この時、圭太は包容力を養い、絵夢子は本物の包容力を味わい、二人は今までに体感した事のない無上の幸福感に浸るのだった。漸う二人は抱擁を解いてお互いの背中に両手を宛てがった儘、自分達の魂が溶け合うまで見つめ合った後、絵夢子が茶目っ気たっぷりに切り出した。 「ねえ、K太君。」 「はい。」 「何で、下半身、裸になってるの?」 「えっ、あっ、いや、これはまあ・・・」 「私とする為でしょ。ねえ、しよ!」 「へへへ、いきなりそう来ますか。流石、M子さん、貪欲ですねえ。」 「でも、今までの私とは一味違うわ。」 「ああ、そうですよね。」 「そう、私は愛の有るセックスを求めてるの。」 「嗚呼、M子さん、分かってくれたんですね。」 「ええ、私、哲学とか理屈じゃなくてK太君の一途さに負けたわ。それでK太君の言ってた本物の快感を味わいたくなったの。その為にはK太君の早漏を直さなきゃね。私、協力するわ!」 「嗚呼、何という優しいお言葉!でも、その点は大丈夫です!実は今朝、出掛ける前にM子さんを長い事レイプして苦しめようと思って三回抜いて来たんで、と言っても勿論、さっき言った通りレイプする気は全く無くなりましたが、そんな訳で絶対、早くいかないですし、況してあの時みたいに矢鱈に激しく突くような馬鹿な真似はしませんから尚更で、その点も安心してください。」 「そう、優しくしてくれるのね。でも三回も抜いて立つの?」 「M子さん、僕の顔ばかりじゃなくて、あいつも見てやってください。」  絵夢子は即座に下を見て、「うわあ!すご~い!立ってるじゃな~い!而もぎんぎん!」と欣然として言った後、目から鱗が落ちる思いがして顔を上げ、「ああ、そうだわ!あの時、K太君が言ってた事は出任せでも何でもなくて全部ほんとうだったんだわ!嗚呼、私、ほんとうに馬鹿だったわ。あの時、K太君の言ってた事を信じていれば、K太君にあんな酷い事・・・嗚呼、私、ほんとうにヤンキーだったわ!私、ほんとうに鬼女だったわ!私はなんて罪深い女なの!」と言うなり顔を両手で覆って心の汚濁よ、涙さんと御一緒にどうぞ出て行ってちょうだい!と言わんばかりに少女の如く泣き崩れた。  圭太はその様子を暫く見守った後、「嗚呼、M子さん、あなたはなんて可憐なんだ!譬えるなら姫百合の如く桜草の如く鈴蘭の如く将又、雛罌粟の如く可憐な人だ!」と偶々頭に浮かんだ花を並べて野菊の墓の政夫みた様な台詞を大真面目に言ったが、絵夢子は顔を覆った儘、「何、言ってるの?私、K太君を皆の前であんな恥辱に晒させた卑劣な女なのよ!」と猶も後悔の涙に咽びながら吐露して泣き続ける。 「罪を憎んで人を憎まずですよ。今、M子さんは泣いておられる。つまり反省しておられる。そして改心してくれれば、それで良いんですよ。」  この言葉に絵夢子は豁然として新たな境地が開けて来て確と大切なものが見えて来て顔を蔽っていた両手を下ろし、感泣しながら、「ほんとうに優しいわ、K太君って!私、麻の中の蓬のようだわ。私まで清められて行くみたい・・・」と言って感涙で滴る程に潤った目と濡れそぼった頬を太陽の光を一杯に浴びたマリーゴールドのように将又、ローズマリーのようにキラキラと輝かせ、晴れ晴れとさせ、楊貴妃もびっくりの羞花美人となった。  すると圭太は態度を荘厳にしてまるで演劇の舞台俳優のように身振り手振りを交え、「おお!M子さんは美しさと廉恥とが下界の線の道を手を引き合って一緒に歩み始めた奇跡の人だ!おお!改心したM子さんはなんとお美しいんだろう!だからもう僕はこう呼ばずにはいられない!おお!我が麗しき姫よ!あなたは我が暗夜の陽光となり我が苦悩の栄光となり我が旅路の道標となり我が運命を導く星となったのだ!」と豪儀にもゲーテ著「ファウスト」とセルバンテス著「ドン・キホーテ」の一節を換骨奪胎してミックスして大いに礼賛した。 「もう、何なの、それ!K太君ったら、ちょっと大袈裟過ぎないこと!さっきから調子に乗り過ぎてるんじゃないの?」とM子は嬉しいような可笑しいような心持で笑いながら言う。  が、圭太は飽くまでも真剣に、「いえ、調子になんか、これっぽっちも乗ってません。僕の思いは針を呑んでも痛さを感じない位、熱いんです。僕の思いはマグマを触っても熱さを感じない程、燃え上がっているのです。これも決して誇張ではありません。僕は本気で言ってるんです。僕は正直な事にかけては人後に落ちない積もりです。僕は心も体も美しい人を求めているのです。だから僕はM子さんがほんとにほんとに欲しくて欲しくて好きで好きで堪らなくなりました!」と漲る熱情を迸らせて思いの丈を一気に吐露した。  すると、「私もよ!K太君!」と絵夢子は叫ぶや、圭太の首っ玉に飛び付いて抱き着き、「K太君、だ~い好き!ねえ、キスして!」と強く欲求した。  圭太はそれに応えて時を移さず、ぶちゅっと言わせて勢いよく絵夢子の唇に唇を合わせ、鼻もお互いの鼻が潰れる位、強く押し当て、絵夢子を熱烈に抱擁し、絵夢子の気が遠くなる程の濃厚なキスを続けた。やがて彼女が堪り兼ねて唇を離し、「はあ、苦しい。K太君って、物凄い情熱的ね!私、初めてよ!こんなキス!」 「だって僕、M子さんを愛したいんです!」 「私もK太君を愛したいわ!だから、早速、愛の有るセックスを実践する為にまずシャワーを浴びましょうよ!」 「はい!そうしましょう!」 「その前に、K太君って自転車で来たんでしょ!」 「はい!」 「それで自転車は何処に置いたの?靴は何処に脱ぎ捨てたの?」 「あの、自転車はアコーディオン門扉の前に、靴はリビングの窓の前に。」 「そう、じゃあ、ちょっと待ってて!」  絵夢子はそう言ってピンクのネグリジェをふわっと靡かせたかと思うと華麗に舞うバレリーナのように玄関目掛けて跳ねて行き、後はちょっと外へ出て行ったり、家中を駆けずり回ったりして用を済ませてから大きな胸を弾ませて慌ただしく戻って来て、ふうと息を吐いて息を弾ませながら、「あのね、もう直ぐセフレの子が来る予定なんだけど、居留守を使う事に決めたの!」 「じゃあ、怪しまれないように僕の自転車と靴を玄関に入れてくれてからドアや窓を全部、ロックして来たって訳ですね!」 「そうよ!もう、これから私はK太君だけのものなんだから!」 「えー!ほんとですか!」 「ほんとにほんとよ!」  斯くして観天喜地の至境に達した圭太は、「うわーい!やったー!」と万歳しながら歓呼の声を上げた弾みに水面から空中に舞い上がる飛び魚のようにぴちぴちと跳ね上がった。そして着地すると、絵夢子が嬉々として言った。 「K太君、その恰好、変よ!早くTシャツと靴下を脱いで!私もぜ~んぶ脱いじゃうから!」 「はい!分かりました!」  二人は欣喜雀躍として脱ぎ合うと、頓に粛として眺め合い、交々満腔の誠意を孕み若さの横溢する肉体美の賛歌を阿吽の呼吸に因って唄い上げ、耽美に浸った後、絵夢子が言った。 「K太君も美しいわ!私達、まるでアダムとイヴみたいね!」 「へへへ、そうですね!」と圭太が照れながら同感すると、二人は恍惚境に入った儘、自然と仲睦まじく手を繋ぎ合い、バスルームへと入って行き、あれやこれやと好い事をして、それからもっともっと好い事をする為、再び手を繋ぎ合い、絵夢子の部屋へと入って行った。  圭太は部屋に入った際、何気に絵夢子の顔を見ようと首を捩った時、ピンクの本棚が視野に入って来て漫画やライトノベルがずらっと並んでいる棚の中にあって確かに三四郎という文字を発見して意外の感に打たれた。何せ、三四郎を読んで読み終わる度に自分が恰も三四郎になってしまったかの如く途方もなく切なくなる位、三四郎に感情移入する男であるから絵夢子が三四郎の本を所有しているとなれば、感興をそそられない筈がなく、尋ねずにはいられなくなり、恍惚とした気持ちを急に引き締めて威厳さえ漂わせる真剣な表情になって呼びかけた。「M子さん!」 「なあに?」とM子は夢心地の内に聞いて圭太と顔を合わせた途端、「まあ、真剣な目!」と然も感心したように呟いた。そして一緒に立ち止まった圭太の切れ長の目をうっとりとした眼差しで見つめ出し、「堪らないわ、その目・・・」と然も心を奪われたように呟いた。  案の定、圭太は面映ゆくなって、「えっ、いや、まあ。」と照れながら、「あの、三四郎、読むんですか?」と聞くと、M子も別の意味で面映ゆくなって、「えっ、ああ、あれ。」と照れながら、「気づいちゃった?」と聞き返し、息を呑みながら頷く圭太に、「意外じゃな~い。」と甘ったるく言いながら繋いでいた手を離して、しなだれるように縋り付き、「ええ、そうなんですが・・・」と圭太は真剣に答えながら絵夢子を両手で蔽うようにして包み込み、その中で絵夢子は手弱女のようになって身を委ね、心地良さそうな甘い吐息を漏らしながら語り出した。「あのね、私、中学の時に付き合ってたセフレの子と或る時、本屋に行ったの。その子が欲しい本が有るって言うから。それで私、その子が熱心に立ち読みしてる横で何となしに本棚を眺めてたら偶々三四郎っていう文字が目に入って来て、私ったら男好きだからなのかしら、名前が気に入っちゃって、その本を自ずと手に取ってしまったの。そしたら作者が夏目漱石と知って、げっ!て思っちゃったんだけど、頑張って、ちょっと読んでみたら女の人の台詞回しが洒落てるなあって思って、それで衝動買いしちゃったの。」 「へえー、そうだったんですか。流石、M子さん、センスが良いですねえ・・・で、通して読んでみましたか?」 「それが駄目なの。難し過ぎて。深い意味が有る事は分かるわよ。だけど私には何を言いたいのか、さっぱり分からないの。でもね会話の部分は何となく分かるの。だから飽くまでも会話の部分だけ読む事にしたの。」 「ああ、そうなんですか。でも三四郎に限らず漱石の作品はM子さんは意外と思うかもしれませんが、ユーモアに富んでいまして面白い件が随所に出て来ますし、それに今の日本人に欠けている大切な道義に関する事が沢山書いてありまして特に漱石はですねえ、西洋の個人主義を正しく学んでしっかり消化して『私の個人主義』と題して道義的に説いていますから、それも読んで貰いたいのですが、宝の持ち腐れにしない為にもまずは是非とも三四郎を通して読んでみて下さい。」 「でも私、辞書と首っ引きで読んでも分からないんだもん。」 「大丈夫ですよ、分からない所は僕が丁寧に解説して上げますから、とこう僕は偉そうに言ってますが、M子さんを決して下に見てる訳ではないですよ。何たってM子さんは世界のどんな名だたる女優をも凌ぐ崇められるべき美しさを持ってるんですからねえ。そしてその秀逸な美貌に纏わる様々な煩悩に囚われる所為で文学の方面に興味索然となるのは、閨秀作家のほとんどが不器量である事からも分かりますが、自然の数というもので運命というもので仕方のない事ですからねえ。しかしM子さんはこれからもっともっと崇められますよ。何故ならもっともっと美しくなって美しさの最盛期を迎える訳ですから、僕としても御目出度い限りです。けれども、その美しさは意地悪を言うようですが、桜の花の如く将又、流れ星の如く将又、線香花火の如く儚い。ですが、崇められるべき心の美しさは保とうと思えば、保てます。それに伴い外観の気品も保てるのです。その為には道義的色彩の濃い漱石文学に通じるのが一つの有効な手段でありまして口幅ったい事を言うようですが、僕はこの方面には明るい男ですから大船に乗った積もりで僕に任せて読んでみて下さい。」 「K太君が私の顧問教諭になるって訳ね。確かにK太君ってボキャブラリーが豊富だし哲学を語ろうとする位だから文学にも通じてるんでしょうけど・・・」 「はい、自分で言うのも烏滸がましいですが、この情報化が進む世の中には困った事に物は沢山知っていても知識を知恵に変えられない為に知性の乏しい似非知識人という者が至る所に腐る程いる事をしっかりと把握する僕は、仮令、知ってる量で、その者らに劣っても知性はその者らと違って豊富に有る事を自覚する暁天の星程しかいない本物の知識人の一人でありますから、まあ、そうなんです。」 「まあ、随分、ずけずけ言っちゃって自ら褒め上げちゃうのね。そこまで言える人って日本人では中々いないと思うわよ。」 「ああ、まあ、そうでしょうねえ。兎角、日本人は何でもオブラードに包みがちですからねえ。それに白黒つけないのを美徳のように思って物事を曖昧模糊にしてしまいがちですからねえ。それじゃあ物事の本質や正邪曲直を見極められないと思うんですが、事なかれ主義と言いますか、本音でぶつかると関係が終わっちまうんじゃないかと思って仕方なくそうしてるようで僕はどうもそんな誤魔化しの利いた真実を暈した、ともすれば誣言や詭弁や綺麗事や嘘偽りだらけになってしまう世間の付き合いというものが結局の所、同調でしか成り立たないからそうなってしまうんじゃないかと思うんです。」 「まあ、K太君って達観してるというか亦、そんな風に、そこまで言えてしまうのね。でも、そうねえ、言われてみれば、私の今の交友を考えてみても十分の一も本音を言えてないかもしれないわ。」 「まあ、大抵の人はそうじゃないでしょうか。迎合、妥協、付和、雷同、つまり同調ばかりしてますからね。」 「まあ、耳の痛いお話ですこと。」と絵夢子は態と明治の貴婦人みた様な言い回しで茶化す。 「ハハハ!ああ、すいません。しかし、時にはずけずけ言わないといけないと思いますから、まだまだ言いますと、改心したM子さんは別として俗人という者は同調ばかりするもので利に関するメリットが大いにある強い立場の者には二枚舌を使ったり三味線を弾いたりしてでも同調する癖に利に関するメリットが全く無い弱い立場の僕には冷たくなるもので況して義に関するメリットを求めませんから猶更で、と言いますのは深い訳がありまして実は僕はこう見えて中二の時はクラスの人気者で、つまり利に関するメリットが大いにある強い立場の者だったんですが、僕の義に関するメリットを求める唯一の友が転校してしまったのを切っ掛けに僕は元気がなくなって道化を演じなくなって人気がなくなって行き、利に関するメリットが無い弱い立場になってしまいますと、誰も僕の義に関するメリットを求めませんから僕は数々の裏切りに遭い、冷たくあしらわれ、到頭、苛められっ子になってしまった暗い過去を持っているからこんなことを言うのでありまして、僕がこんな目に遭うのも悲しい哉、義に喩れば損をする世の中と言っても良い位モラルが崩壊しているからなんです。何しろ人間は幸福になろうとする生き物ですが、本来、幸福になる為には美なるもの善なるもの即ちエロース、まあ、僕の言う義に関するメリット、道徳と言っても良いでしょう、これを求める筈なのに近代から日本人は世俗的な名誉や利益、取りも直さず、僕の言う利に関するメリットばかり求めるようになり、利を集めて成功した者が正しいという事になって道徳の中心が幸福である筈がいつの間にか成功に摩り替ってしまい、本来の善に背いても成功すれば善とする不正不条理が罷り通る世の中になったのですから義に喩る者が不幸になっても不思議じゃない訳です。」 「K太君は義に喩って不幸になった口なのね。」 「そうなんです。」 「かわいそ・・・」と絵夢子が言いながら圭太の背中に手を回して圭太を労わろうと優しく抱き締めると、圭太は殊に二つの膨らみの感触を心地よく感じながら長広舌を揮った。「まあ、しかし、皆、多かれ少なかれ不幸なんじゃないですか。競争社会で自分だけが幸福になろうと成功主義で突っ走って成功するのは一握りで失敗者ばかりですし、仮令、自分の希望の身の上になれなくて実質失敗しても現状に甘んじて成功した積もりでいる者も本当に成功した者も真の幸福は得られませんからね。拝金主義、物質主義の権化になって精神的に貧しくなって道徳なぞ糞の役にも立たんと本来の道徳を虚しいものにして求めず信じず、金力権力ばかりを求め信じる悪のニヒリストになっちゃいますからね。全くヒューマンじゃないですよ。皆、大切な事を見失ってるんですよ。人は精神主義になって道徳的にならなければ精神的に豊かになれなくて幸福になれないという事に。そして皆が幸福にならなければ真の幸福は得られないという事に。あのイエスの使徒パウロもピリピ人への手紙の中で、『私の主イエスキリスト(義人)を知る知識の絶大な価値の故に一切のものを損と思っている。キリストの故に私は全てを失ったが、それらのものを糞土のように思っている。』と言ってるように人は穢土に於いて義に喩ると、全てを失いますが、失うものは糞土の如きものであって、その代わり絶大なる価値、取りも直さず義に関するメリットを得る訳です。皆がそのように道徳的な境地に立てば、自ずと此の世が穢土から浄土となってマックス・ウェーバーが唱えていた通り利潤が増えて精神的のみならず経済的にも豊かになって真の幸福を得られるんですよ。何たって資本主義成功の原動力は道義心ですからねえ。だから日本はこの儘、堕落し続ければ、今よりもっと深刻な事態を迎えますよ。このまま安倍政権が続けば確実ですね。ノブレスオブリージュの精神の欠片もないですからねえ。政治家がノブレスオブリージュの精神を養わなければ、人民も道義心を養わなければ、いけないのです。こんなこと言ってると、何言っとるんだ!皆が皆、道徳的な良い人ばかりじゃ詰まらないじゃないか!良い人もいれば悪い人もいるから世の中、面白いんじゃないか!と言われそうですが、僕に言わせれば、世の中、詰まらない人ばかりだと思うんですよ。僕の言う詰まらない人とはエロースを求めない人、つまり俗物の事で、その真逆のエロースを求める粋人だったり通人だったり文化人だったり知識人だったり哲人だったり道徳家だったり思想家だったりする面白い人がほとんどいないと思うんです。だから世の中、詰まらなくなると思うんです。実際、俗物は会話をして笑い合っていても、それは大抵愛想笑いかお追従笑いで何にも面白い事なんて話してないですよ。面白い会話が出来ないんです。ですが、僕の言う面白い人ばかりなら当然、世の中、何処も彼処も面白い会話で盛り上がると思うんです。そして不正不条理が撤廃されると思うんです。正に理想郷ですね、こんな世の中なら僕は生き生きと生きられるんでしょうが、現実には此の世の不正不条理に再三逢って暗くなってしまいました。正直に顔に出ちゃうから余計いけないんですねえ。実は僕は中二から中三になる頃、中身を見ずに上辺だけで人の良否を判断する人間達に気づきまして、これも不正不条理だと抵抗を感じるようになりまして以来、外見を無理に明るく装えなくなったものですから・・・馬鹿正直と言われればそれまでですが・・・とほほ・・・」 「かわいそ、K太君・・・」と絵夢子は言いながら両手を緩めて圭太と顔を合わせ、「K太君が暗くなるのは道理に適ってると思うわ。だって私、実はね、ちょっと言いにくい事なんだけど・・・」と躊躇ったが、どうしても圭太に同情したくなって思い切って切り出した。「あのね、テニス部の樋口さんって知ってるでしょ。」 「あっ、ああ・・・」  圭太は樋口という名を聞いた瞬間、ああ、やっぱりかと思うと同時に晴れた頭の中に黒い雲がぽっかり浮かんだような嫌な気がした。 「あの子からK太君の事が知りたくて色々私、聞いちゃったの、ごめんね。」 「いえ・・・」 「それで国語の授業で有った事も・・・ねえ、分かるでしょ。」 「あっ、ああ・・・」 「ごめんね、嫌なこと思い出させて・・・」 「いえ・・・」 「ほんとにごめんなさいね、私ね、その時はその事で今思うと、ほんとに情けない事だと思うんだけど樋口さんと一緒にちょっと可笑しがりながら話してしまったの。だから、私、今、ほんとうにK太君に申し訳ない気持ちで一杯になったの。それで、私、保坂って奴が憎くて憎くてしょうがなくなったの!なんて情け知らずな奴なんだって!もう、私、そいつを殴ってやりたいわ!」と絵夢子は叫ぶなり泣き出して、「かわいそうだわ!」と嗚咽しながら叫んで圭太を豊満な乳房を潰して抱き締めた。  圭太は絵夢子の柔らかい腕や乳房に包まれながらこの上なく感動して彼女と一緒に潺湲と咽び泣き、彼女を胸いっぱいの愛で抱き締めた。「そのお気持ちだけで十分僕は救われました・・・」  圭太が涙に咽びながらそう言うと、二人は涙の筋が幾重にも出来た裸体を密着させた儘、お互いに恕の心を敬慕し歔欷し続けた。  どれだけの時が流れたろう、愛の詰まった濃密な時間というものは真の価値がある永遠なるもののように感ぜられるものだ。嘗て打撃の神様と謳われた川上哲治選手がボールが止まって見えると言ったそうだが、その様な一瞬の中に捕らえた静止したみたいな時間が二人の空間だけにゆったりと流れていた。  知らぬ間に二人は泣き止み手を緩め見つめ合っていた。「どんなに苦しく辛かったことでしょう・・・」と絵夢子が紅涙で目を赤くはらしながら慈悲深く口を切った。「私には想像を絶する事だけど、K太君が暗くなるのは当然だと思うわ。だけど、だからって暗い儘でいちゃ駄目よ!」 「はい!勿論、分かってます!武士は食わねど高楊枝の精神で苦しい時も辛い時も弱味を見せず微笑む事は大事だと思いますからね。それは作り笑顔であっても俗物のするような卑しいものではなくて気高い事ですからね。僕もそうありたいと思うんですが、中々できる事ではないですね。」 「そうね、でも、こう考えたらどうかしら。装う事は誤魔化す事とも言えるけど、同じ誤魔化すのでも明るく装う事で人を明るくする事が出来るとね。そう信じてサービス精神を持てるようにしたら良いんじゃないかしら。」 「そうだと思うんですが、どうしても相手が俗物だと思うと、笑顔になれないんですよ。第一、俗物に好意を示して好感を持たれた所で馬鹿を見るだけですからね。」 「まあ、そこまで諦めてるの。K太君の視点から見ると、皆、俗物に見えちゃうのかなあ・・・」と絵夢子は言葉を切った後、涙の潤いを残しているものの明るく澄んだ圭太の瞳を暫し、いとおしんで見つめ、「でも、私には笑顔になれるのね。どうして?」 「そんなの、決まってるじゃないですか!好きだから!愛したいからですよ!」 「じゃあ、私の何処が好きなの?何処を愛したいの?」 「いや、何処って全部ですよ!」 「じゃあ、私の中身も?」 「当り前じゃないですか!さっきから何聞いてるんですかM子さん!」 「ふふふ、私もK太君の中身が好きよ。そして明るいK太君が好きよ。陰のあるところも好きかな。だけどK太君の中身こそ好きにならないといけないと思うの。」 「はい!それはもう確かにです!」と言った圭太の言葉には如何にも力感が籠っていた。「僕のその品性をばですねえ、是非、好きになってやってください。」 「私、実はそんな風に言えて中身に自信を持ってるK太君自体が特に好きになるようになれたのよ。オンリーワンって感じだもの。だから愛せるようにもっともっと好きになるわ。」 「はあ、そうですか、正直の頭に神宿るですなあ・・・美しい愛の始まりの予感、なんちって、ハハハ!僕、嬉しくて涙がちょちょぎれちゃいます!」と圭太は深く感動した心情を態と茶化して言う。 「ふふふ、私、K太君の正直な所もそうだけど、K太君には今まで付き合った子には無い特別なものを幾つも感じるの。そして、それらが皆、素敵なものに思えて来て、お陰で私、大切なものが見えるようになれたの。だから私、K太君に本当に感謝してるの。だから私、K太君を心から信頼出来るようになれたの。」  圭太は絵夢子の言葉一つ一つが心の琴線に触れ、至極感銘を受け、亦、涙が目から溢れそうになり、「はあ、そうですか・・・」とだけ答え、M子さんは僕に醇化され啓発され昇華され、俗な価値観から脱し、自分の中に確固たる価値観倫理観を創造しようとしていると確かな手応えを感じていると、M子が解語の花と呼ぶに相応しい事を言った。「だから私、K太君の説を信奉して私が今、持ってる所有物の中で三四郎が最高のお宝になるように頑張って読んでみるわ。」 「はあ、そうですかあ、それ程までに思われましたか、はあ、良かったあ・・・」と言った圭太の言葉には如何にも実感が籠っていた。「それならきっとこれからM子さんは里美美禰子みたいに知性的な女性になれますよ。」 「えっ、私が里美美禰子みたいに?」 「あっ、その口吻ですと、やっぱり里美美禰子がお気に入りのようですな。」 「ええ、そうなの、私、美禰子みたいな人に憧れるの。男の人を翻弄出来る美しさと賢さを兼ね備えた女の人に。」 「ああ、それならM子さんだって充分、出来てるじゃないですか。」 「でも、私、美禰子みたいに上品に出来ないじゃな~い。」 「いや、出来ますよ。だってM子さんは改心してヤリマンを卒業して売春から足を洗ったんですからねえ・・・」と圭太は態と言葉を切って念を押すように、「そうですよねえ?」と聞くと、絵夢子が思わず圭太の目を注視して、「何、K太君、そんなこと聞いて・・・今更確かめるまでもないじゃないの。まさか疑ってるの?いやいやいや!もう汚れと思っちゃいや!私はもうK太君だけのものなんだから!ねえ、信じて!」と言うに従って言葉にも仕草にも熱意が籠って来たので圭太は彼女が心から叫んでいる事を感じ取り、「はい、信じますとも!信じていますとも!」と言って絵夢子の心を宥めてやった。「それだけM子さんの口から聞ければ、僕は徹頭徹尾安心です。そしてM子さんが里美美禰子になれる素質を充分、持ってると確信しました。だってM子さんは改心した上に元々勉強の出来る良い子ちゃんなんですから!」 「そうなんだけど・・・」と言いながら圭太の胸の中で益々甘え出した絵夢子に圭太はきっぱり囁き掛けた。 「僕がM子さんを里美美禰子になれるようにして差し上げますよ。」  絵夢子は徐に顔を上げ、「どういう風に?」と囁き返す。 「美禰子はクリスチャンですから、まずは僕と一緒に聖書を読みましょう!」 「えー!聖書!」と絵夢子は一転、思わず叫び返す。 「大丈夫ですよ。僕がイエスになった積もりでイエスが伝えたかった本当の意味を優しく説きますから僕と一緒に読みましょう!勿論、エッチしながら。」 「ふふふ、エッチしながら。そんなエッチなイエスがあって?」 「いえ、決して堅苦しくならないって事です。きっと、この部屋がエデンの園となって気持ち良くお学びすることが出来ますよ!」 「ふふふ、それで、ほんとに私を里美美禰子にしてくれるの?」 「はい!必ずや!だって僕、里美美禰子みたいな和魂も洋才も兼ね備えた美女を愛したいですもん。」 「ふ~ん、K太君って高尚なロマンチストなのね。何だか、ハードルが高いわ。私、ほんとうにK太君に愛される女になれるかしら。」 「何、弱気なこと言ってるんですか。M子さんらしくない。M子さんは改心されたんですから既に僕の愛したい女性になってますよ。」 「そ~お、でも私、もっとK太君に愛される為にも、もっとK太君の願いを叶えてあげる為にも、これから美禰子になった積もりでK太君を愛しながら思いっ切り弄んじゃうけど、それでも良くって?」 「はい!どうにでもしちゃってください!それでこそM子さんですよ!しかし、里美美禰子だけに囚われていてはいけませんぞ!峰不二子のお色気もお忘れなく!」 「もう、K太君ったら欲張りなんだから・・・うふふ、分かったわ。」  という訳で圭太はエロースになるかと思えばイエスになると言い出したりして、どっちなんだよってな感じになって来たが、絵夢子を里美美禰子のように思い、将又、峰不二子のように思い、将又、純然たる絵夢子その物と思い、ぼかあ、世界一幸せな男だなあと至高の幸福感に浸りながら絵夢子と共にベッドインすると、交々エロースとなって絵夢子としっかり一つになり、途中でインターフォンが鳴る中でも無我夢中でプラトニックラブ(プラトン的な愛)を比翼の鳥の如く連理の枝の如く契り合い、そうして美そのものの永遠不変絶対の愛を築き上げる第一歩を踏み出したのであった。  その後、圭太は絵夢子を感化する事が出来たお陰で自信に満ち溢れた人間になり、絵夢子のみならず俗輩も感化するべく清濁併せ呑む程の寛大さを手に入れ、和して同ぜずの彼岸に立つ事となった。
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