3・新しい日常

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「訪問に部長は来ませんから」  そう小声で言うとウインクをして諒君も行ってしまった。  男子の顔がこんなに近く、息が頬にかかるくらいにまでやって来るなんて勿論初めて。  ウインクされたのも。  もう! 心臓のバクバクが止まらないじゃない!  すっかり諒君にからかわれて、自然な笑顔が後輩なら大丈夫とか思ってた自分が不甲斐ないよ。  頑張れ私!  そしてムード歌謡も頑張って覚えなきゃ。  当分コンクールには出させてもらえそうにないからね。  訪問コンサートって素敵!  私にはきっとそういうのの方が性に合ってる。  そうして私が言い渡された練習場所は廊下の一番端、トイレの前だった。  各楽器の練習場所を見れば何となく関係性が分かる。  音楽室の中にいるのはフルート、トランペット、トロンボーン、クラリネット。  音楽室の前の廊下にいるのはチューバ、ユーフォニアム、パーカッション。  一階下の化学室の前はアルト、テナー、バリトンの各サクソフォンとホルン。  正直私も化学室の前に行きたい。  その方が気が楽そう。  ホルンの人はみんな穏やかで話しやすそうだし、サクソフォンは個人主義っぽくて良くも悪くも変に絡まれることはなさそうだもん。  でも、私の横はパーカッションだから諒君や野村先輩がいてちょっとは安心できるかな。  男子ってことには緊張しちゃうけど、好意的って部分ではストレスはあまり感じないから。 「上手だね、架帆ちゃん」  練習の終わりを告げる合図が廊下に響き渡って、一息ついたところに野村先輩から嬉しい一言をもらった。 「そ、そうですか? ありがとうございます」  あ、今なんか自然に笑えた。  お世辞でも褒められると嬉しいもんね。 「うん。普通だったら即レギュラーだよ」  普通だったら? 「今は顧問より部長が強いから」  そう言って立てた人差し指を口元に持って行きウインクをすると、野村先輩はティンパニを運びだす。  ウインクはパーカッションの伝統なのかな?  野村先輩のは愛嬌のあるお顔とマッチしすぎて普通に受け流しちゃったけど。  はぁ……。  部長が権限を持ってるのは特別なことじゃない。  何となく分かってたからそこまでショックじゃないけど、そんな理由で演奏も聴いてもらえずレギュラーになれないのは正直快くはないかも。 「架帆先輩、フルーツタルト好きですか?」 「え? あ、うん」 「じゃあ一緒に帰りましょう!」  そう言い残しマリンバを押しながら消えてゆく諒君。  どういうこと?  急に話かけられて反射的に答えちゃっただけなんだけど。  帰りに食べに行くってこと?  フルーツタルトを?  男子と二人で!?
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