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「どんな字?」
「……橋を架けるに船の帆です」
「いいお名前だね! 架帆ちゃん! なるほど、女優の華帆に似てるもんね!」
「それ関係ねぇだろ」
大谷君の突っ込みに頷きつつ、市堰君のあまりにも人懐っこく屈託のない笑顔に私はつい手を差し出してしまった。
途端、市堰君に両手でつかまれブンブンと激しく上下に振られだす。
男子に手を握られるなんて小学校のフォークダンス以来だよ!
それだけでプチパニックになる私の頭の中にオクラホマミキサーが流れ出す。
あー意味分かんなくなってきた。ちょっと痛いんだけど。
美由希、これも報告案件!?
それから市堰君は私たちについて来て、宣言通り学校の七不思議や妙な噂のあるスポットを紹介してくれた。
一段多い階段、踊る人体標本、鏡に映る幽霊、パソコンの中に閉じ込められた生徒、などなど。
それは小学校や前の学校でも聞いたような話ばかり。
正直そういう関係にあんまり興味はない。
幽霊とか怪奇現象とか完全に否定する訳じゃないけど、私には見えないし感じない。
私の見えてる世界にはないから、私には関係ないと思っちゃう。
話半分に聞きながら校内を案内してもらい、遂に待ちに待った場所にやって来た。
私は小学生の時から吹奏楽部一筋で、勿論ここでも入部すると決めている。
放課後は音楽室でフルートを吹く。
これが私の何ものにも代えがたい最大の日常だから。
「美術室ではね、夜な夜な石膏像が鼻歌を歌うんだよ!」
「へぇ~」
私の相槌も大分慣れた感じになって来た。
完全に上の空なんだけど市堰君は変わらずおかまいなしで続ける。
「でね、それがオンチらしくて、隣の音楽室のベートーベンが怒って目を真っ赤に光らせるんだって!」
「そうなんだ~」
私は音楽室の中をしげしげと覗き込む。
「もしかして吹奏楽部?」
しばらく聞かなかった大谷君の声。
市堰君とは対照的に低くて落ち着いててなんかホッとする。
「う、うん」
でも私の返事に応えたのはやっぱり市堰君。
「じゃぁ気を付けないとね! 音楽室では十年くらい前に女の子」
「コラ! 市堰!」
突然怒号のように鳴り響いた声。
アニメのキャラクターみたいにピョコンと市堰君が飛び跳ねる。
鬼の形相でやって来た先生に首根っこを掴まれて、謎の雄叫びを上げながら市堰君は連れて行かれてしまった。
ポカンと残像を見つめる私。
大谷君が呆れたように言う。
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