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「いえ、ここはお任せください!」
どんっと胸に拳を当てて笑ってみせると、彗斗は申し訳なさを滲ませた表情のなかで、僅かに口元を緩ませた。
初めて向けられた敵意以外の感情に、柴炎は嬉しくなるのだった。
「さぁ、彗斗様。外に馬を用意しておりますので」
「ああ。……皆、申し訳ないが後をよろしく頼む。明朝には戻る……と思う」
「ええ、気をつけて」
「この埋め合わせは必ず」
最後に深々と一礼し、彗斗は沖文と共に、弾かれたように部屋を走り去って行った。
やっぱり心配だったらしい。
一人抜けた部屋は、先ほどよりも少しだけがらんとして感じたが、柴炎は気を取り直すように、深く息を吸った。
「…………あーあ、かったりぃなァ」
それは、唐突に落とされた火蓋。
決して大きな声ではないながらも、その不穏な響きはたしかに空間を揺らして、柴炎の耳にやけにはっきり形を残した。
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