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ーー燃えている。真っ赤な炎が。
「……きて………………柴炎くん、起きて!」
ぱちっと目を開けた。
天井の壁を見つめたまま、数拍。
「寝坊だよ、君」
「…………え!?」
横から聞こえた声にはっと飛び起きると、呆れたように眉の下がった顔が、こちらを覗き込んでいた。
ここはどこだろう?と一瞬こんがらがって、すぐに思い出す。宿舎だ。
郷試から始まり、科挙の最終試験・殿試も無事に突破して。いよいよ今日、科挙及第者が正式な官僚として認められる式があるのだが……。
弾かれたように白く光る窓を見やり、李柴炎はあわあわと問うた。
「今何時ですか天璃さん!?」
「辰二つ過ぎくらい」
「進士式が巳の刻だから……えっ、うそうそうそ!寝坊じゃん!」
「だからそう言ってるじゃないか」
「なんで起こしてくれなかったんです!?」
放っぽり出した掛け布団もそのままに、寝台から起き上がってあれこれ身支度を整える柴炎に、汪天璃は白い目を向けた。
「起こしたよ?俺は。何度もね。なのに君がぐーすか寝こけてたんだろ」
「えぇーっ、すみません……」
そう言われるとどうしようもない。柴炎は返す言葉を失ってしょぼくれた。
「まぁ、まだ急げば間に合うし。朝餉は用意しておいたから、着替え終わったら食べな。君ほど上手くはできなかったけど……」
そう言ってはにかむ天璃。見てみると、卓子の上には、簡易だが見栄えのいい料理が美味しそうに並べられている。
柴炎は目を輝かせた。
「全然、そんなことないです!すごく美味しそうですよ……!助かりましたありがとうございます!」
最悪朝餉を抜くしかないと思っていたから、すごく嬉しい。これで王や大官たちの前で腹の虫が鳴くという事態は避けられそうだ。それだけはぜったいに嫌だった。式には万全の状態で臨みたい。
「大貴族のお坊っちゃんなのに料理ができるなんてすごいです!」
「うん。一言余計かな」
「ん……あれ?天璃さんなんか頬っぺた腫れてません?」
ふと、彼の端麗な顔に不釣り合いな痣を見つけて、柴炎は不思議そうに目を丸める。化粧で若干誤魔化しているようだが、よく見るとけっこう痛々しい痣があった。
いったいどうしたのかと尋ねると、何故か掌を握りしめ、俯き加減でぷるぷる震える天璃。
「………………君がそれを言うか…………」
「えっ」
それが、一度目に起こした時、寝ぼけた自分が炸裂した拳によるものだと聞いた柴炎は、文字通り凍りついたのだった。
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