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だから、この平穏は当たり前だと疑わなかった。だって、生まれたときからそうだったから。優しい母と屋敷の外を散歩したり、父や兄たちと遊んだり。村の子たちと喧嘩したり、農家のおじさんおばさんが、野菜や果物をくれたり。
春になれば美しい桜が咲き誇り、夏は涼しげな小川のせせらぎを聴き、秋は山の恩恵を受け、冬はきらきら銀世界ーーまるで桃源郷のよう。そんな優しい日々がずっと、ずっと続いていくと、夢のなかにいるみたいに、信じていた。
その夜はひとりだった。
ーーもう八つになったんだから、そろそろ一人でも寝られるようにしなきゃね。
やだ、父上と母上といっしょに寝たいの、と言って駄々をこねる梨苑に、両親は困ったような笑みを浮かべた。
それじゃああなたが眠りにつくまで、母がお話をしてあげましょう。
母がそうやって言うから、父に見送られながら、梨苑は仕方なく自分の部屋へ行き、ひとりで寝台に入った。母が一緒にきて、梨苑が眠りにつくまで〝かわいそうな王様〟の話をしてくれた。母がいつも聞かせてくれる、梨苑が大好きな話だ。
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