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「ごめんね。初日からいきなり重労働させてしまって。見てのとおり、吏部は今人手不足なんだ。皆疲労で倒……ちょっと出払っていてね」
その誤魔化しには無理がある、と一同は思った。
「誤解はしないでほしいんだけど、普段はもう少しマシなんだよ。ほんとに。今はちょうど忙しい時期で、おまけに尚書が不在でね。ーーあ、今更だけど、僕は吏部侍郎・孫悠渓といいます。わからないことがあったら遠慮せず聞いて」
言いながら、孫侍郎は書類の束をばさっと掴み、「とりあえず君はこれ、君はこっち、君はーー」と未だ呆け気味の皆に順次振り分けていく。
例に漏れず紙の束を受け渡された柴炎は、隣に立つ青年を見上げてみる。同じく渡された書類を抱えているものの、やはり表情は一人変わらず涼しい。
(……そうだよね。仕事なんだから)
与えられた仕事に関してあれこれ気にしている暇はない。
「頑張りましょうね」
「ああ」
話しかけると、返ってきたのは無愛想にも感じる短い返事。
先行きは不安だが、今はこれを終わらせることだけ考えよう。そう思い直して、柴炎は心の中で自分に喝を入れるのだった。
何処かで梟の鳴き声が聞こえる。
柴炎や彗斗をはじめ、新人たち九人は、吏部にある宿直室に篭り、なお書類に追われていた。
窓の外はすっかり夜の帳が下りきっている。定時はとうに過ぎていた。だが、既にこうなればなんとしても今日中に終わらせてやろうという気持ちになっている柴炎は、ただ目の前の書類に集中し続けた。
今が忙しい時期というのは本当なようで、他の上官たちも帰らずに泊まり込みするらしく、吏部の灯りは夜になろうともまったく消える気配がない。
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