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だが、こちとら寝不足と疲労で突っかかる気にはなれなかったので、柴炎はこの件については特に弁解も深掘りもせず黙殺することにした。
それに、こうなることは予測できたはずなのに、寝てしまった自分が迂闊だったのだ。
「はぁ……」
そんなこんなで、朝から嫌なこと続きで気が晴れないまま、昨日に負けず劣らずの忙しい時間を過ごしていた。
資料室で必要な書類に手を伸ばしながら、柴炎は盛大なため息を吐き出す。
時はあっという間に流れて、気づけばもう昼である。
そういえば、朝から何も食べていないのだった。
そのことに思い当たった途端、急に空腹感に襲われるから不思議だ。
「柴炎殿」
「はい?」
ふと隣からかけられた声に首を振り向かせると、そこにいた意外な人物に柴炎は軽く目を見開かせる。
「……彗斗さん!」
「昨日は助かった。ありがとう」
柴炎は、そう言って彼の口元に浮かべられた笑みに、さらに目を驚かせた。
いつも険しい顔を向けられていただけに、彼の穏やかな表情は見慣れず、嬉しさ反面、少し戸惑ってしまう。
柴炎はいえいえ、と謙遜しながら、恐る恐る訪ねた。
「……それで、お母様のご容態はいかがでした?」
彼の涼しげな目元には、昨日はなかった濃い隈が縁取り、一目で疲れていることがわかる。
星家の実情はよく知らないが、馬で駆けて行ったくらいだから、彗斗の母がいるという屋敷は、かなり距離があったに違いない。
それを一晩で見舞いに行って帰ってきたのだ。疲れていないはずがなかった。
「ああ……思ったよりお元気そうだった。熱はまだお下がりになっていないが、医者も付きっきりで看病してくださっている。じきに良くなるだろう、とのお見立てだ」
「それは良かったですね!」
「ああ、安心した。ーーところで柴炎殿、星家の者が迷惑をかけたか?」
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