162人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ
唐突に、じっと真剣な瞳に射抜かれて、柴炎はびくっと無意識に肩に力を入れる。
「……何故です?」
「それ」
彗斗が指を差した先には、柴炎の顔がある。
何か付いているのだろうか、ときょとんと自分の顔に手を当てる柴炎に、彗斗はさらに続けた。
「目の下に隈ができている。裴朱敬は貴方が自分たちを差し置いて寝てしまったと言っていたが、そんな顔をした貴方が……私が言えたことではないが、仕事を放り出し、真っ先に寝てしまったとは思えない」
思いがけない言葉に、柴炎は胸を詰まらせる。
「それに、貴方が疲れた顔をしている割に、遅くまで仕事をしていたという彼らは顔色が良かったからな」
「あはは……」
星家の分家の御子息様から迷惑をかけられたことについては、身に覚えがありすぎるけれど。
かと言って正直に話すのは彗斗に要らぬ気苦労をかけてしまう気がするし、なんとなく気が引けて、柴炎は笑って誤魔化した。
「いえ、お気遣いありがとうございます。でも、その件については私の不徳のいたりでもあるので、お気になさらないでください」
「……しかし」
「そんなことより仕事、早く終わらせちゃわなきゃですよ。まだまだやることはいっぱいあるんですからね」
仕事だけではない。柴炎には少し調べたいこともあった。
だから、なるべく早く終わらせてしまいたいのだ。
「では、失礼します」
柴炎は吏部に戻ろうと、一礼する。
しかしその時、さほど広くはない資料室に、腹の虫が鳴く盛大な音が響いた。
勿論、柴炎の、である。
「…………」
思わず足を止め、目を丸くして羞恥に顔を染める柴炎。
間を置いて、彗斗がフッと笑みを溢す。
「その様子だと、朝から何も食べていないようだな」
「うぅ…………はい、すみません……」
「貸せ。それは俺がやっておくから、貴方は昼食でも食べてくると良い」
やや強引に手持ちの書類を奪われ、でも、と断ろうとしたけれど、彗斗は「昨夜の礼だ」と言って、自分はさっさと部屋を出て行ってしまう。
呆気にとられているうちに、「……ありがとうございます」とかろうじて発せられた柴炎の声は、空を切って床に吸い込まれていった。
彼の耳に届いただろうか。
わからないけれど、朝からのもやもやとした気持ちは幾分か軽くなった気がした。
最初のコメントを投稿しよう!