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「彗斗さんですか?」
「ああ。噂が流れていてね。君と彗斗殿が仲良さそうに話しているところを見かけたとかなんとかっていう」
そんなことまで噂になるんだ、と柴炎は少し驚くと同時に苦笑を浮かべる。
四門の直系男子の動向ともなると、さすがに注目度が高いらしい。
「仲が良いかどうかはわかりませんが、彗斗さんには良くしていただいていますよ」
「へぇ。きっと彼にも君の誠意が伝わったんだね」
「そうだと嬉しいです」
彗斗と一緒に働くようになってわかったこと。
彼は星本家という生粋の大貴族の生まれにもかかわらず、不思議なほど真っ直ぐな青年だった。
いや、だからこそ、なのかも知れないけれど。
ともかく、曲がったことが許せず、どこまでも誠実であろうとする彼だから、当初柴炎を嫌っていた理由も、〝柴炎が不正をして官位を買った〟という実しやかに囁かれていた噂を聞き、不信感を拭えなかったからだろう、と今は思う。
その噂というのも、おそらく裴朱敬あたりが吹聴したのだろうが。
ねちっこいだけあって、さすが上辺を取り繕うのも上手で、彗斗にはうまく化けの皮を被り続けているようが、彼らのしていることが彗斗に露見すればどうなるかわからない。
彼らの手回しは、彗斗のような人間が嫌う種類の行為だ。
朱敬たちもそれは承知だろうが、それでも嫌がらせをし続けるところを見ると、よほど柴炎の存在が気に食わないらしい。
柴炎も大事にする気はないし、受けて立つつもりだから、誰に言う気も無かった。
「あ……ところで、今日でしたよね?天璃さんが宿舎から出るのって」
「今日だよ。今頃汪家の者が荷物を運び出してる最中じゃないかな」
「ですよね……。すみません、本当は送別会じゃないですけど、何か料理でも作って、お酒でも飲みながらゆっくりお話したいなぁと思ってたんですけど……」
ここのところずっと宿舎の方に帰れていなくて、準備も何もできていない。
今日は〝約束〟もあり、早めに帰れる余裕はなかった。
本当なら、昨夜のうちにできたら一番良かったのだけれど。
顔を曇らせる柴炎に、彗斗は慰めるように首を振って、笑ってみせる。
「構わないさ。残念だけど、忙しいのは今の君を見れば一目瞭然だし。……でも君の料理は食べたいから、もう少しいろいろ落ち着いたら二人で飲もうよ。もちろん費用は俺が持つから」
「えっ、やったあ!ありがとうございます!」
「ははっ。期待通り、上質なお酒と食材を持っていくね」
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