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苦しみながら生きるか、死んで楽になるかだって?
梨苑は動かなくなった家族と従者を一瞥した。おそらく部屋にいる他の者たちも、同じように殺された。男がそう言っていた。
村の人たちもきっともうーー。生き残っているのは、梨苑だけ。
(ひとりは、寂しい……)
たとえここから逃げ出したとしても、大好きだった人たちがいない世界で、どう生きていけばいいのだろう。考えるだけで、壮大な絶望感と喪失感が襲う。
首に当てられた剣身に視線を落とす。
きっと、今ここでこの男に殺される方がずっと楽だ。みんなと同じように。
ーーでも。
(本当にそれでいいの?)
梨苑が死んだ後も、この男はのうのうと生きているのに?
……いや。そんなのは、悔しい。赦せない。
そう思った。
『あなたになんか、殺されない……。生きて、必ずあなたを殺しに行く』
それは、純真なまでの復讐の意志。
真っ向から少女の強烈な殺意を受けた少年は、不思議な色の青をした双眸で真っ向から見つめ返す。
少年が剣を鞘に納めるまで、永遠のような静寂が流れた。
やはり感情の読めない表情を浮かべたままだったが、傲然とした態度のなかに、どこか満足そうな色が見えた気がした。
『やってみるがいい。まぁもっとも、ここから生きて出られればの話だが』
少年はそう淡々と告げると、外套を翻して梨苑と多くの骸から背を向けた。
『ーー私の名は來 遙玄。せいぜい生き延びてみろ、柴家のたった一人の生き残りよ』
待って、と言いかけて。けれどその叫びは、燃え崩れ、倒れてきた本棚によって掻き消される。
火花が水飛沫のように空へ散らばる。
男の後ろ姿は、轟々と燃え盛る炎の中に、影のように溶けて消えていった。
ーーその日、柴家の一族は、人知れず滅びた。
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