崩壊

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崩壊

 少女は幸せだった。  王都から離れた辺鄙な地ではあったものの、少女が生まれた(さい)家は、小さくも由緒正しき家柄であり、暮らしに不自由することなどとは縁遠いものであった。  なにより、大切な家族、気の良い領民ーー些細な争いもない、均衡の取れた平穏。そのなかでの生活は、彼女にとってはかけがえのない、宝物だった。  ……けれどそんな当たり前で、大切だった日常は、ある日唐突にガラガラと音を立てて崩れる。  その頃、国内は混乱にあった。貴族は自領民に重い年貢を課し、米も野菜も何もかもを家の倉庫に溜め込んでしまった。農民や立場の弱い人たちの暮らしは困窮し、ついには不満が爆発し、叛旗を翻した領民が領主を倒そうと、各地で紛争が起こっていた。  そして混乱の原因とは、王族の後継者争いである。  先代が崩御してから、先代の弟君と、三人の公子たちの間で玉座を巡っての争いが勃発。その余波は国中に及んだ。貴族たちは、そのうちの誰につくかで争った。戦も各地で起こっていた。さらには村々での蜂起運動も重なり、たくさんの人が死んでいた。  そんな国勢の最中にあり、柴家が直接治める柴郡のように、平和を保っている州郡は、おそらく本当にごく稀で、他にはなかっただろう。それほど、国内は混沌としていたのだ。  幼かったのと、山や渓谷に囲まれている辺鄙な場所にあったせいもあるのだろうか。少女はーー梨苑(りえん)は、柴郡の外でそんなことが起きているなんて、ましてたくさんの人が死に、苦しんでいることすら、まったく知らなかったのである。
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