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 幼い少女はひとり、長い螺旋階段を駆け上がっていた。  邪魔なドレスの裾をたくしあげ、できるだけはやく、できるだけ高く。追う者など誰もいないというのに、まるで敵だらけの逃亡者のような必死さで。  冷たい石造りの塔のなかに、靴音と、少女の息づかいだけが何重にも反響する。窓というよりはただの空気孔というべき細長い空洞から、白い朝陽が剣のようにさしこまれ、激しく舞いおどる塵を星のようにうつしだしている。酸素を吸いこむたびにツンとカビくさく、目のなかの水分が増していった。  くずおれそうな足で最後の石段を踏みこみ、なんとか体を持ちあげる。階段をのぼりきったところには一枚の扉があった。すがるような気持ちで身を寄せ、扉に白い額をつけて、幼い少女は何度か苦しそうな咳をした。 「わたくしの――わたくしの名は、アウレリアともうします」  こぼれる涙を両手でぬぐい、また咳きこむ。幼い肉体に見合わぬ激しい運動のせいで息がくるしいのか、それとも泣いているせいでうまく呼吸ができなくなっているのか、もうわからない。ともかく少女は、かげろうの羽のように薄く儚い背中を震わせ、けんめいに息をととのえながらささやくのだった。 「この城にあるものはすべて、カイスファルク王の所有物。重々承知しておりますが、でもどうか、どうか少しだけ。ほんのひととき、わたくしの居場所になってください……」  涙に濡れた小さな手が、おそるおそる扉の取っ手にかけられる。鍵がかかっていないことをさとると、大きな黄金色の瞳にわずかながら光がともった。錆びてきいきい音を立てる扉をそっと押しこんで、アウレリアは最上階の部屋に入った。  王宮のかたすみにある、古い古い塔である。誰にも使われなくなってから何十年も経っていると、おとなたちの会話から盗み聞いたことがある。そのため、部屋のなかは調度品もすっかり撤去されていて、埃ばかりがつもり、しんとさびしいがらんどうだった。大きな窓には板が打ちつけられているが、それも朽ちて傷み、ところどころ穴や隙間が生じてしまっている。  そこから入りこむ光線を頼りに、しばしアウレリアは雲を踏むような足どりで室内をさまよっていたが、やがて、古ぼけたつめたい暖炉の前でたちどまった。  暖炉のすぐ脇の壁に、小さな戸があった。暖炉にくべる薪を備えておくための収納スペースだろう。しゃがみこんで開けてみると、ここも整理済みだったようで、なかにはなにもない。  アウレリアはよつんばいになって、ゆっくりと戸をくぐった。頭をぶつけないよう気をつけながら方向転換し、長い白金の髪と両膝をかかえてすわり、戸を閉める。まっくらなその空間にすっぽりとおさまったとき、ようやく少しだけ安心できたような気がした。
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