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「陛下。大丈夫ですか」 「まったく大丈夫ではない。わたしは疲れている。ゼキ、そこにすわれ」  数拍ためらったが、結局もうひとつ空いている椅子にゼキは腰かけた。アウレリアはニキの眠る籠を机に置くと、ふらふらとゼキの座っている椅子まで歩いていき、その膝の上に乗りあがってしまった。質素な木製の椅子が軋んだ音を立てる。 「陛下」 「ああいやだ。ああ戻りたくない。だって、だって……」  ゼキがなにか言う前に両腕で抱きついた。細身なわりに豊満なバストをぎゅうぎゅうと顔に押しつけるかたちだ。 「ソロ右大臣は優秀なくせにそんな性根だし、イルマズ左大臣はほのぼのと茶を飲んでばかりで意見を出さないし、文官たちはつまらない派閥争いを会議の場にまで持ちこんでくる。武官もひどいぞ、たとえばミカリーは疲れると元の童顔が嘘のような険悪な顔つきになるし、ブリッツ将軍などはおとといトイレに行くと席を立ってからずっと戻ってきていない。部屋の外ではマヌーが待ち疲れて立ちながら寝ているし、サブリナは貧血になって青ざめているし、ふたりを支えてレナーテがふらふらになっている。カオスだ。それでいて最後は十七歳の小娘に丸投げしようだなんて、みんな恥ずかしいと思わないのか?」 「そのような状況にあって、冷静かつ懸命に皆をまとめようとなさっていたお方でございますから。わたしにはあなたが泥中の花のように見えました」 「うるさい。女の乳に顔をうずめながらもごもご言われてもなにも響かぬぞ」 「だれがやったとお思いですか……」 「ああゼキ、こまったことに、わたしは王様ではあるかもしれないが、ほんとうは偉くもなんともないのだ。あの場ではとりつくろっていても、結局はこうしてそなたにごねたり愚痴を聞かせたりしてしまっているのだから」 「べつによいではありませんか、今さらわたしは気にいたしませぬ。……いや、この体勢ばかりはよくありませぬが」  言い終わるなりゼキが立ち上がったので、アウレリアの胸の位置ががくんと下にさがった。とはいえ体はたくましい二本の腕によって大切に抱えられており、床に落ちる心配はまったくない。アウレリアは鼻を鳴らし、寂しくなった乳房を強調するように腕組みをした。 「強引なことをするではないか。いやだと言っているのに、このまま会議室まで連れ戻す気か?」 「さあ……どういたしましょうか。いやだいやだと仰る陛下をそれでもお連れするというのは、ゼキとしても胸が痛みます」 「おや? その理屈だと、わたしがいいぞいいぞと言えばなんでも喜んでやってくれるみたいに聞こえるな。ようし、ゼキ、会議など放っておいて、ここでわたしとエッチなことでもしようではないか」 「お戯れを。陛下、お忘れでございますか。たかが騎士の分際で、国王陛下に対して無礼なことをするな。昔、この場所で、わたしをそうしつけてくださったのはあなたではありませんか」 「え、まさか。わたしがそのようなことを? いやいや、四歳のころの話などもうさっぱり覚えていないなあ」 「――よかった。やはり、まだ覚えていらっしゃる」  ゼキはそうつぶやくと、静かな至福を噛みしめるように微笑した。  めずらしいその表情を見上げて、アウレリアはぽかんと口をあけた。歳上の男は、まだ笑っている。 「ええと、なんだ急に? ゼキ、そんなうれしそうに笑って。その……どうかしたのか?」 「言わねばなりませんか」 「言わねばならぬ。教えよ」 「そうですね……妬いていたのですが、少し気が済んだ。そんなところでしょうか」 「ああ? ニキには妬いていないと言ったではないか」 「獣に妬いたりなどいたしませぬ。……それにしても、あなたの元には多くのたのもしい味方が集いました。これはほんとうにすばらしいことです。また、かつてあなたをいじめていた侍女たちも、今では日々献身的に働いております。あなたもかつてのことは蒸し返さず、平気なご様子で接しておられる。陛下はほんとうにご立派になられました。昔あったつらいことはすっかり忘れてしまわれたかのように。ですが、今のあなたを見ていると、わたしは。時々、わたしは……。いや、やはりやめておきましょう」  急に恥ずかしくなったのか、ゼキはこまったような目をして横を向いてしまった。  世界に名を馳せる美貌の賢王は、しなやかにからだを伸ばして騎士の頬にキスをした。 「とてもいいものを見ることができた。そなたに免じて、会議室に戻ってあげよう。ただし、少しだけ寄り道をしてから」 「どちらへ?」 「花園へ。あの子の墓参りがしたい。おまえのことを忘れたことは一度もないよと、そう言ってあげるんだ」 「かしこまりました」 「ありがとう。よかったな、ニキ。やきもちやきの先輩がきれいな場所まで運んでいってくれるぞ」 「まさかわたしに抱えられたまま行かれるおつもりですか? みんなに見られますよ、陛下……」 「でもうれしいだろう? わたしだって恥ずかしいけれど、たまにはちゃんとアピールさせてあげるとも。ゼキこそがアウレリアの一番かわいい騎士だということをな」  王国最強の男はしばらく逡巡していたが、やがて白旗代わりに部屋を出て、石の螺旋階段へと軍靴を踏み出した。アウレリアの好きな靴音がゆっくりと廃塔に響きわたっていく。
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