自殺を見過ごすor自殺をやめさせる

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自殺を見過ごすor自殺をやめさせる

「……これでクリアーか。それにしても簡単だな」  最後の蟻を踏み潰すと、高野陽一はそう呟いた。放課後の薄暗い校舎裏にいるため、表情まで暗く沈んでいる。しかし彼が笑っていないことは誰にでもわかることだった。  高校2年生の陽一には子どもらしいあどけなさはほとんどなく、ただワシのように精悍な顔立ちには「諦観」のようなものが浮かんでいる。  フェンスに沿って植えられた桜並木が、風に吹かれていっせいに大きな音を立てた。どうやら今日は風が強い日らしい。その葉と葉のこすれる騒がしい音に紛れて、どこか人を小馬鹿にするような軽やかな音がスマートフォンから響いた。  Level3 クリアー  スマートフォンに表示されたその文章を見つめながら、陽一は深くため息をついて「くだらねえ」と呟いた。  陽一がやっていたのは「選択ゲーム」と呼ばれるネット上のゲームだった。  きっかけは友人の明から「はやっているらしいぜ」と言われたことだった。そのときは話半分で聞いていた陽一だったが、放課後になってふと「選択ゲーム」のことを思い出した。  試しに検索してみると、それは呆気なくヒットした。「選択ゲームを開始しますか?」という文章が目の前に現れる。  装飾も何もないシンプルなサイトだった。陽一は一瞬ためらったものの、「YES」のボタンを押した。  注意書きもずらずらと書いてあったが、陽一は読むことはしなかった。人間の大半がそうであるように、彼もまた利用規約の類の文章を読む気がしなかったのだ。  ――少し危険なゲームらしいんだけど。  ふいに明が言っていたことを思い出した。しかし、陽一は気にしないことにした。ネット上の軽いお遊びだ。  少しでも退屈を紛らわせることができれば良かった。明も「用事がある……」と言って放課後になるとそそくさといなくなってしまったし、まっすぐ家に帰らなくていい理由が欲しかったのだ。    最初に出た選択肢は【右手をあげるor左手をあげる】という至極簡単なものだった。その次のLevel2も似たようなものだ。  そして、陽一はLevel3である【蟻を10匹殺すor蟻を10匹食べる】をクリアーした。もちろん陽一が選んだのは食べるのではなく、殺す方である。多少の罪悪感は覚えたものの、ゲームと言われるとためらうことなく蟻を踏みつぶすことができた。 「……つまんねえから、もうやめるか」  多少なりとも時間は潰せたものの、面白いゲームとはとても思えなかった。  見ていたクリアー画面が変化する。どうやら次の選択肢が出たらしい。  どうせゴミみたいなやつだろ、と思っていた陽一は、表示された選択肢を見て、首を傾げた。 「は?」 【自殺を見過ごすor自殺をやめさせる】  制限時間――1時間。  スマートフォンの画面にはそう表示されていたのだ。
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