自殺を見過ごすor自殺をやめさせる

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 高野陽一はいつも退屈そうにしている人間だった。友人である明でさえ、ほとんど笑顔を見たことがない。まるで笑い方を忘れたようだった。その反面、睨むことは得意だった。  明はよく陽一を「ワシみたいだな」と評した。  どうして陽一があんまり笑わなくなったのか。もし誰かにそう問われたら、彼はまだ小学生だったあの日を思い出すことだろう。  父親と遊園地に出かけた帰り道だった。それを見つけたのは陽一の方だった。 「あの人なにやってんのかな?」  陽一が指さした先には、病院の屋上があった。4階建てくらいの病院の屋上に人が立っている。  陽炎のようにゆらゆらと揺れていた。  遠かったため表情まではわからなかったが、傍目でも飛び降りようとしているのは明白だった。 「陽一、ここで待ってろ!」  慌てたように父親は病院へと走っていった。陽一は「待ってろ」と言われたものの、数分もしないうちに不安になって父親の後を追って病院へと入った。  しかしはじめて訪れる病院で陽一は迷子になった。ようやく屋上までの階段を見つけると、一心不乱に駆けていく。  子どもには重たい鉄扉を何とかこじ開けると、眩しいばかりの光が戸の隙間から漏れていった。  最初に見えたのは父親の背中だった。父親は何かを必死に説いている。それからこっちを振り向くガリガリの男性が見えた。  陽一は彼と目が合ったような気がした。  次の瞬間、自殺志願者は糸を切れたように不自然な格好で姿を消した。飛び降りたのだった。  父親の説得はむなしかった。悲鳴が聞こえた。陽一の背後からは、誰かが駆けてくる音が響いている。  父親は魂が抜かれたかのように地面にうずくまっていた。父親までもが死んでしまったみたいだった。いや、もしかすると本当にこのとき死んでしまったのかもしれない。  陽一が知っている依然までの明るい父親はいなくなった。  自分の無力さに嫌になったのかもしれない。それまで飲まなかった酒を楽しむようになり、陽一の母親に暴力を振るうようになった。  明るかった家庭は嘘のように地獄に変わった。  陽一が何もかも「退屈」だと感じるようになったのも、この出来事がきっかけだった。
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