Ⅳ 幻の正体

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 誰かがあの長椅子に座っている。それは間違いない。  私は胸の奥にどす黒いものが渦巻くのを感じた。  きっとグラヴェール家の使用人の誰かが、仕事をさぼって昼寝をしているのだ。私にとってあの長椅子は聖域なのに。  私は不埒者を追い払うべく、そっと背後から忍び寄った。  以前は真っ白だった大理石の椅子は、海風にさらされて角が少し丸みを帯び、淡い琥珀色に染まっている。  椅子に近付き様子を伺う。  するとそこには見たことのない子供が一人、積み上げた十冊程の本を枕にして、すやすやと眠り込んでいた。  年の頃は七、八才ぐらいの小柄な女の子――いや男の子だ。上質なリネンの白いシャツ、膝丈まであるズボンに、シルクの白い靴下を履いている。  一瞬女の子かと見間違えそうになったのは、伏せた長い睫とほんのり赤い小さな唇、いつもは首の後ろで束ねているのだろう――肩甲骨を覆う程まで伸ばされた長い金髪だったからだ。
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