2044人が本棚に入れています
本棚に追加
/190ページ
「水嶋さん……今、籠に入れた青海苔って何に使うんですか、お好み焼きもたこ焼きも作りませんよ」
「……何となく…常備しといた方がいいだろ」
「却下」
青海苔を棚に戻すとついでにチリソースを見つけてそれも有無を言わさず棚に戻した。
注意して見てないと"3年経っても冷蔵庫に入ってる……"なんて変なもん買いそうだ。
「トマトはいいですけどこのロマネスクは?ブロッコリーじゃ駄目なんですか?倍も値段が違いますけど」
「百円や二百円どうでもいいだろ、変な形してるからどんな味がすんのかと思っただけだ、お前は?食べたことある?」
「無いですけど……その手に持ってる袋は何ですか?」
知らない間に……いつ買い物をしたのか水嶋は小さな袋を下げていた。
「そこで売ってから買った」
「何を?」
ん、と嬉しそうに見せてくれたのはどこで誰が使うのか包丁の研ぎ機だった。
「何でこんなもん……うわ、まさかあそこでやってる実演販売ですか?」
「これ凄えぞ、さっと二、三回包丁を擦ればトマトがすらっと……」
「水嶋さん料理しませんよね?」
「しないけど?」
仕事なら一円一銭も譲ら無いくせに……何?この意味の無い浪費は。
トマトを籠に入れたのはこれのせいらしい。ここまでお手軽に騙されてくれる客がいるなら実演販売はきっと儲かる。
水嶋の財布を盗った奴もチョロい鴨だと舌を出しただろう。これではまるで子供にお金を持たせているみたいだ。
どうやらさっさと帰った方が良さそうだ。
「水嶋さん、もう欲しい物は無いですね?帰りますよ?」
「欲しい物はお前が却下したんだろう」
「当たり前です、しかも欲しく無いですよね?ほら、もう行きますよ」
「ああ…いいけどちょっと待って」
食品をひっくり返して原材料名を眺めるのはもう職業病だから仕方がないが、放っておけば日が暮れる。
「もうレジに行きますよ」
「だからちょっと待てって」
もう無視。
千切りキャベツの袋を写真に撮っている水嶋を置いてレジに並んだ。(加工されて販売する生野菜は次亜塩素酸ナトリウムで洗う)
そしてそのキャベツが籠に入ったけど90円だからもういい。
「結構近所なのにこんな会社知らねえな、どこから洗剤を仕入れてんのかな」
「山形です」
「へえ……」
嘘なのに……誰がどう聞いても嘘なのに、相変わらず素直だ。
昔から買い物の時は支払いを簡単に計算する癖が付いているがレジで籠から出て来る見覚えの無い商品に算出していた支払額は崩壊した。
グリーンカレーのペースト、何故かキクラゲ、そしてトムヤムクンの固形キューブ、勿論海老は買ってない。
余計な買い物と必要な買い物を袋に詰めると満ぱん2つになった。
「水嶋さんはエスニック料理が好きなんですか?」
「いや?辛いものは苦手かな」
「は?じゃあ何でこんなもん買うんですか」
「家で作れたら面白いだろ」
「作り方も知らないくせに馬鹿じゃ無いですか、このグリーンカレーのペーストって……ココナッツミルクも無いしどうするんですか」
「え?牛乳がいるのか?」
「………」
今「ココナッツ」って言っただろが。
ミルクは全て牛からしか出ないのかよ。
「ミルクがいるんです」
水嶋は容器をチンしたらグリーンカレーが出来てると思ってる。試しに作らせてみようかなと思ったが「ふーんそうなんだ」とヘラっと笑った顔には邪気が無くてガックリ肩が落ちた。
真面目に結婚しろって思う。
「水嶋さん彼女は?男がいいって訳じゃ……」
言い終わる前にブンと風の音がして包丁研ぎ機が飛んできた。
「痛いな!角が当たりましたよ!」
「その事を口にするなと言ったよな」
「鼻血が出たらまた慌てる癖に…」
「次は狙って鼻血出すぞ」
「……いないんですね…彼女…」
「……いねえよ……」
いない事は見てれば何となくわかっていたが、実はちょっと不思議に思ったのだ。
会社関係の人間は……もし万が一、水嶋と付き合いたいってスーパーMの変態女子がいたとしても言い出せる雰囲気では無い。水嶋は飲み会にも参加しないから機会が無いのはわかる。
しかしプライベートの水嶋は何気にフェミニストなのだ。レジに立つと当たり前に払ってくれるし、喧嘩ばかりしているけど意外と包容力があるのか楽しいだけで怖くない。
「そこ危ないぞ」と車道から守ってくれたり「寒いだろ」と分厚い方の上着を交換しようとしたり……少女漫画風、ベタで優しい行動をさり気なく取って来るあたりに女慣れが見えた。
水嶋の容姿が女子に取ってどうなのかはよく分からないが一見清潔感はあるし(部屋は汚い)目鼻立ちも端正な方だと思う。普通に接していればモテるって程じゃ無くても彼女の一人や二人いてもおかしくないのにそんな気配は皆無だった。
「距離感も近いし……意外と甘え上手なとこもあるし…」
まあ……中身が無いとまでは言わないが、上っ面の気遣いが上手いから営業成績がいいとも言える。
「何か言ったか?」
「いえ……こっちの話です」
思わず声に出てしまい誤魔化したが、何の呟きか悟った水嶋は嫌な顔をした。
この話題を続けるとどうしても佐倉の事が出て来てしまうので口を閉じてマンションに帰ってきた。
その日は二人で鍋をつつき(水嶋が鍋にロマネスクをぶち込んで喧嘩、お返しにグリーンカレーのペーストを入れたらまたまた喧嘩)軽く飲んだら水嶋は寝た。そのまま起きないから放っておくと朝まで起きる事なく、日曜の朝にモソモソと帰っていった。
もうただの仲良し。笑う。
スター特典公開中。
星3つ…の割にショートショートです。
最初のコメントを投稿しよう!