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「おい……何をニヤついてる」
妄想に浸っていたらあの夜とは打って変わった水嶋が睨んでいた。
仕事の話と「死ね」以外で何か言うのは久しぶりだ。ニヤつきが倍増した。
「いや……あの…水嶋さんが好きなだけです」
「死ね」
「もう……冷たいな…」
「……はい!水嶋です」
「え?」
電話かよ。
水嶋は四六時中、歩いている時も携帯を離さない。電話が掛かってくるとワンコールも待たずにブラインドタッチでボタンを押す携帯の達人なのだ。
話が噛み合わないな、と思ったらいつの間にか電話をしてるって事もよくあった。
死ぬと言ったその口でよく切り替えが出来るものだと感心する。
「ちょっと……水嶋さん、危ないですよ」
歩く速度が周りと違うのに携帯で話しながらズンズンと早足で歩いて行ってしまう。
ドスドスぶち当たる人混みの防波堤になろうと肩を掴むと「触るな」と口パクで拒否された。
水嶋は何があってもマイペースなのだ。
それが水嶋だ。そして、そんな水嶋を好きになった。
教わる事は椀子蕎麦みたいに次々投入され、頑張って食っても消化しないうちにまた増える。
後をついて行くしか出来ないが今はそれで十分だった。
「ちょっと!待ってください」
見失いそうで駆け寄ろうとすると突然反転して向かってきた。
「え?…わっ!」
怒られるのかと条件反射で身構えるとドアを押すように押しのけられまた行ってしまう。
追いかけて電話が終わるのを待った。話しをするチャンスとも言う。
「水嶋さん?どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたものない、キサンタンガムの代わりにグアーガムを納品したらバレた」
「……何ですか?それ」
何とかガム……それはロッ○?味覚○?
どっちにしても美味しくはなさそうだ。
「$¥>$…ガム?…って?」
「アホ、勉強しろ。うちの製品だ。水に溶かすともちゅっとする奴だ」
「もちゅ……って何ですか」
「餅らしい食感とかゼリーとか色々……纏めるともちゅっとする奴」
「もちゅっと……ね」
水嶋の話には独特の擬音が多い。
道の説明などは聞けたものでは無いのだ。
つまり食品に入れる増粘剤の事らしいが普通はモチモチとかトロ味とか表現すると思う。
そして忙しい時や何かに夢中になっている時は独り言が多くなる。「どうする?先にキサンタン手配するか……どうすんだ…」と身振り手振りの多い「水嶋劇場」を往来でやられると注目を集めて恥ずかしい。すれ違う人がみんな振り返ってる。
これは……逃げだした方がきっと得だろう、このトラブルからは"入るな危険"の立て札が見える。
もう逃げないけどね。
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