高梨

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高梨

「何か……盛り上がってんな」 「は?今した俺の話聞いてた?」 約束通り、週末の夜に高梨と待ち合わせ、ビールを一口飲んだ所で先週から途切れない水嶋フィーバーを殆ど全部ぶちまけた。 「殆ど」なのは仕方が無い。 会社の為にも水嶋の為にも……男が男に性的な接待を迫る話は自主規制したが、気がつけばビールからは泡が無くなり、注文した焼き鳥は冷えていた。 「殺すってマジで言われたんだぞ、その人の顔見てその台詞聞いたら笑ってらんないよ」 「自分から下に付けてくれって志願したんだろ?それで?金は返して貰ったのか?」 「ああ、それはあの人キッチリしてるから月曜の朝会社に行ったらデスクに置いてあった、色が付いてたから今日は奢るわ」 「貸した一万返して貰ったからいいけどな、じゃあフォアグラ串頼むか」 高梨はこの店で一番高いメニューを選び、ご馳走さまと笑った。 高梨とは一緒に居過ぎて貸しも借りも測れない。 割り勘すら大雑把でお互い遠慮なんかしないのだ。 それに今いる店は安い焼き鳥屋だから高い物と言っても上限はしれていた。 「なあ、ちょっと聞きたいんだけどさ……ホモってさ、高梨の周りにいる?」 「何だよ唐突だな、誰か男に告白でもされたのか?」 「ん……ちょっとな……」 「ええっっ?!マジか!誰に?どんな奴?まさか問題の水嶋?」 「え?違う!違うぞ!俺じゃ無い」 別の事を考えていたから変な返事になってた。 勿論水嶋の事を高梨に話す気は無いが気になって気になって仕方が無いのだ。 「じゃあ何、反対にお前が男に惚れたとか?それからホモって言い方はやめろ、ゲイか…せめて同性愛って言えよ」 「うん、俺はそういうの無縁だけどさ、本当にいるのかなって思って…ほら、テレビの中にはいるけどさ、身近にそんなの見ないよな、だって無いだろ?」 「無いよな……特にお前は無い」 はあっと疲れた溜息を吐いた高梨は頭を抱え顔を伏せた。そんな難しい事を聞いたわけじゃ無いのに思った反応と違う。 「高梨?」 「江越、お前さ……鈍感にも程度ってもんがあるだろう、気付かないから黙ってたけど多分大学の友達で知らなかったのお前だけだぞ」 「え?何?何の事?」 「俺……」 「ん?」 話の流れが変だった。 どこで何の話をしていたのか途中で混線して知らない所から変な電波が割り込んでる。 「何だよ、俺は男が男をエロい目で見るか?って話をしてたと思うけど…」 「だから俺」 「違うって…」 「違ってない、俺はゲイだって言ってんだ、男をエロい目で見てるさ、何なら「セックスしようぜ」って今からお前を誘ってもいいんだぜ」 は? は? 「はあぁ~~っっ?!!」 「ちょっちょ!江越!!」 絶叫と共に立ち上がってしまい店中の注目を浴びたけど、天地がひっくり返る仰天の告白に構ってられない。 「高梨が?いつから?!みんな知ってるって何で!俺だけ?どういう事?いつから?!何で今頃!」 「江越!座れよ!それからボリューム落とせ、隠してないけどこんなとこで公言する必要もないだろ」 「だって!!」 「江越!」 グンと頭を押さえつけられ、座ったつもりなのに椅子が無かった。 空を切ったお尻はいく先を失いガタガタと床に崩れ落ち、慌てて座り直した。 緩いビールを流し込んでもまだ咀嚼出来ない。 オーダーした皿を持ったままテーブルの上に置くに置けず、困っていた店員に追加を注文してフォアグラ串を口に放り込んだ。 「熱……」 「あ~あ一本560円もすんのに……勿体無い食い方」 「だってお前……今の空耳?とんでもない事聞いたぞ、知らなかったの俺だけって?それどういう事だよ」 「空耳でも秘密でも仲間外れでもない。俺が情報課の上級生と付き合ってたのは公認だったし別れた時期までみんな知ってる、気付いてないお前にびっくりするわ」 「そんな……」 言われてみればだが……高梨は垢抜けたイケメンだし、明るくて気さくで誰とでも上手くやれそうなのに時々意味不明の人見知りをして頑なになる事があった。 性癖と関係があるのかはわからないが、それは媚び系の女子だったり不潔系男子が多かったような気がする。 「マジで?その別れた先輩って……」 聞きかけたが突然思い出した。 そう言えば高梨は背の高い濃い顔をしたタレ目とよく一緒にいた。 「何で別れたんだ?今は?」 「何でかって聞くんだな」 「駄目か?」 「クソだなお前……、じゃあ言うから心して聞け、俺には好きな奴がいてさ、それが付き合ってる相手にばれたんだよ。それからもう長い事ゲイがストレートを好きになるって煉獄に陥ってる」 「そうなの?よくわからんけど……それは大変かもな、あ、俺は差別したり変な目で見たりしないからな、もし協力出来る事があったら言ってくれ、友達だからな」 「……それ以上何も言うな、泣くかもしれないぞ」 コンっとジョッキのつらを当て、高梨らしくない仕草で箸を唐揚げに突き刺しハハっと弱々しく笑った。 それにしてもまさかこんなにも身近にゲイが潜んでいるとは思わなかった。知らなかっただけでもっといるのかもしれないがそれは今どうでもいい、胸に支え、どうしたらいいか悩んでた事を打ち明ける相手が突然湧いて出たのだ。 それが高梨なら言う事ない。 水嶋と佐倉の話はどうしても納得出来ないが、だからと言って水嶋が許容しているなら防ぐのは難しい。しかしゲイって人種にもそれなりのルールはある筈でそこが聞きたかった。 しかし、高梨の事だから親身に相談に乗ってくれると思っていたのに、大まかな話をすると高梨の眉が見た事ないくらいねじ曲がった。 「その水嶋って人ってこの前植え込みで寝てた人だろ?」 「そう、お前から見て水嶋さんってゲイに好かれそうな感じ?」 「あのな……そこは男も女も一緒だろ、好みなんて人それぞれだし好きになったらそう上手くコントロールなんて出来ないもんだ」 それは分かってる、わかってるが水嶋相手にそんな感情を持つって事がどうしてもわからないから「専門家」に聞いたのだ。 「俺には地位を盾に取って利用されてるようにしか見えなかったんだ、あれは絶対好きとかじゃ無いよ」 「……江越、お前水嶋から手を引け。今日だって9時過ぎまで引っ張り回されてぐだってんだろ。無理矢理押しかけたんだから今なら担当変えたいって言えば間に合うよ」 「……何だよそれ」 思ってたアドバイスと違う。 しかも「手を引け」と吐き捨てる高梨の表情は学生時代に時々見せた「味方を選別する時」に浮かべる独特のそれだった。 聞きたかったのは水嶋が遊ばれているだけなのか、ゲイという人種に執着されるような……つまりモテるタイプなのかという事だ。
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